部誌16 | ナノ


銀華



その華の写真を見たとき、あなたみたいだなって、思ったんだ。



「姉ちゃん、どこいくんだよ!」

「いいから早く来な。待ち合わせ時間に遅れちゃう」

いや、知らねえよ。
この年齢で姉ちゃんに手を引かれるとか恥ずかしすぎる。手を離してほしくてぶんぶん手を振るけどぜんぜんはがれる気配がしない。このゴリラ女め、力強すぎだろ。
口には出してないはずなのに、立ち止まった姉ちゃんに頭を叩かれた。いてえ。虐待では? ブーブー言っても姉ちゃんの足は止まらない。

引きずられて連れていかれたのは、知らないよそのお家だった。こんにちは、なんてお家のひとに挨拶して、姉ちゃんはすたすたと家に上がり、二階へ続く階段を登ろうとしてた。
おれはといえば、知らないお家のひとに挨拶しないなんて礼儀知らずなことしないから、強引な姉ちゃんに掴まれた腕を引かれながら頭を下げた。けどやっぱり失礼なことしてるんじゃないかな、こんなのがおれの姉ちゃんなんて信じられない。

人の良さそうなおばさんが、階段の下からのぞきこんでおれの出来損ないの挨拶に微笑みを返してくれた。許された気になりながら姉ちゃんの後に続く。
たどり着いたのは、「Rei」ってなんか可愛い字で書いてある部屋の前だった。誰だよ。心当たりがぜんぜんないぞ、って思ったけど、しばらくして心当たりを思い出した。姉ちゃんが最近連呼してる親友の名前だ。

「玲? 起きてる? あたしだけど」

「起きてるわ。くまちゃん、入って」

ありがと、なんて言いながら姉ちゃんは無遠慮に部屋を開けた。いやいやいやいや! 女子の部屋だぞ! 姉ちゃんだけじゃなくおれもいること忘れてない!? このゴリラ女まじかよデリカシーねえのかよ!
慌てるおれをよそに、姉ちゃんは相変わらずの馬鹿力でおれを声からして清廉な女子の部屋に連れ込む。

「はじめましてね、くまくん。こんにちは」

ベッドの上でにこりと微笑んだのは、きれいなパジャマ姿のおねえさんだった。

「しっ、失礼しました!」

思わず姉ちゃんの膝裏を蹴って、衝撃に離れた腕をいいことにその場から逃走した。
うわ、なんかもういい匂いしたじゃん、部屋開けたらいい匂いしたじゃん! おれが嗅いだらいけないやつじゃんまじ姉ちゃん信じらんねえ、おれ思春期の男子なんですよ、ちゅうがくにねんせいなの! 難しいお年頃なのよほんと勘弁して!

なんだか自分がヘンタイになった気がして、おれは逃げ込んだ公園でちょっと泣いた。おれは父さんに似てナイーブなのである。
その日、先に帰ったおれに姉ちゃんが怒りの鉄拳かまそうとしてきたけど、逆ギレして理由を伝えたら逆に謝られた。後日ケーキ買ってきてくれたので許した。おれは甘党男子でもあるのだ。

流石にあたしの配慮不足だった、と1週間後くらいに姉ちゃんが改めて場を設けてくれた。作戦室で紹介されたのは、姉ちゃんが所属する那須隊の隊長の、那須玲さん。姉ちゃんとは違って、穏やかで物静か? っぽい、きれいなおねえさんだ。
おれにはひとつの理由も告げなかった紹介理由が、最近ボーダーに入隊したおれの師匠を那須さんにしてはどうかって話だった。いやまじで初耳だったもんな。あの時まじでなんの理由も言わなかったもんな。姉ちゃんは母さんにその話をしてて、うっかりおれにも言った気になってたらしい。勘弁してくれ。
げんなりしたおれの顔に気づいた姉ちゃんが気まずそうに目をそらす。その様子に、那須さんがくすくすと笑みをこぼした。

「家ではそんな感じなのね、くまちゃん」

「やめてよ、玲……恥ずかしいから」

「ごめんなさいね、新鮮だったから」

くまちゃん、てのが姉ちゃんのあだ名らしい。そういやおれ、逃げ出してしまった初対面の時、くまくんて呼ばれた気がする。その呼び名はもう固定なんだろうか。固定なんだろうな。まあ那須さんにとっておれは「姉ちゃんの弟」って存在なんだろうし。

「頼めるかな、玲」

「うん、頑張るわ。よろしくね、くまくん」

やっぱり固定だった。
おれ、那須さんを師匠にしたいって言ったことないんだけどな……と思いながら、おれはよろしくお願いしますと頭を下げた。最終的には誰かに弟子入りしないといけないのだ。姉ちゃんというコネを活用するのは同期のみんなになんだか悪い気がしたけど、ありがたくお願いすることした。なんだかんだ、おれは姉ちゃんを信用してるんだ。



那須さんは、そこそこスパルタで、そこそこ教えるのが下手だった。
感覚派って言えばいいのかな、グッと力を入れてパッと出す、みたいな擬音語での説明が多い。意外だ。もっと理論とか大事にするタイプだと思ってた。
もうちょっとうまく言葉にしてくれたらな、と思ってはいたが、口にはしなかった。けど顔には出てしまっていたらしい。ごめんなさいと謝られてめちゃくちゃ恐縮してしまった。こちらこそ教わる立場なのに申し訳ない。

「わたし、誰かにものを教えるのは初めてなの」

「そうなんですか? おれはトリオンそのものを扱うのが初めてです。初めて同士、お揃いですね」

初めて同士、うまくいかないかもしれないが、うまくいくかもしれない。つーか最近ようやく那須さんの伝えたい内容がわかるようになってきたし、うまくいくだろ。楽観的な考えのおれに、那須さんはちょっとびっくりした顔をして嬉しそうに笑った。

「くまくんって、流石くまちゃんの弟よね」

それは褒め言葉なのか?
真剣に小一時間考え込んだことが姉ちゃんにバレて、ローキックくらったのはいい思い出ってことにしといてくれ。つーかチクるとか那須さん、結構いい性格してるのでは……?

射手を選んだのは、一番現実離れしてるからだ。
銃手とか狙撃手とか攻撃手とか、まず武器ありきなのは、なんとなくつまらないような気がした。それよりおれは、魔法使いみたいに手のひらのアステロイドを自在に動かしてみたかったのだ。
那須さんのそれはほんとうにきれいで、つよくて、かっこよかった。那須さんの意思のままに縦横無尽に動くアステロイド。ああなれたらなぁという憧れはおれの中にあって、那須さんに出会わせてくれた姉ちゃんに感謝した。やっぱり姉ちゃんには敵わない。

おれはまだまだひよっこで、できることは少ない。まずはトリオンの扱いに慣れようと、手元に生み出したアステロイドをもにもにいじる。おれの想像力がどれほどのもんかって、正直大したことない。けど、やり続けてそれが当然になれば、無意識にでもアステロイドを自在に操れる気がしているのだ。
ジャンプの漫画にありそうだよな、って思いながら、アステロイドを細切れに刻んでいく、イメージ。おれのはまだルービックキューブくらいの大きさで、まずはそれを小さな正方形に分けたい。手を包丁に見立てて切って分割してみようとしたけど、あんまりうまくいかなかった。アステロイドは変な形に歪んでしまった。

「元々あるものを細かくするの? 元から細かいものを作るんじゃなくて?」

「そっちのがびっくりするかなって。あとまだちっちゃいの作れないんですよねぇ」

むむむ、と唸るおれに、那須さんはくまくんらしい、と微笑んだ。びっくり発言するのことだろうか。でもなんか出水さんあたりがもうやってそうなんだよなぁ。あとちっさすぎるアステロイドってあんま意味ないんだろうか。
複雑なトリガーも使ってみたいけど、まだまだおれには基礎が足りない。もうちょいアステロイドをなんとかしてからでないと、半端になってしまう気がしてる。師匠の那須さんも同じ意見みたいで、おれはまだしばらくアステロイドの研究だ。

まだまだド新人のおれだけど、いつかアステロイドを自由自在に扱えるようになったら、小さな無数の花を作りたいな、と思っている。いつかどこかの写真で見た、銀木犀の花みたいな、小さな可愛い花を。
あの写真を見たとき、那須さんみたいだなって、思ったから。

アステロイドの花を見たとき、那須さんはどんな反応をしてくれるんだろう。
その時のことを考えたら、今からわくわくして仕方がないおれなのだった。



prev / next

[ back to top ]



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -