部誌15 | ナノ


きみのしらないぼくのこと



多かれ少なかれ、誰にだって秘密はあるはずだ。
それは、僕にだって、例外ではなくて。
秘めたる恋、なんて聞こえはいいけど、結局は叶わぬ片想いをしているだけなのだ。

「好きです」

気づけばそう告げてしまっていた。
唇から勝手に溢れていた。
ふられる覚悟のある告白じゃなかった。冬島さんの恋愛対象は多分女性で、僕が告白したって困るだけだって、分かっていたはずなのに。

想いが、溢れてしまっていた。
優しい声、ふと微笑んだときの柔らかい表情、煙草に手を伸ばそうとして、僕が煙草の煙が苦手だと思い出したのか、誤魔化すように頭を撫でてくれる手。
いつもは当真とふざけてばかりのこのひとが見せた、珍しい仕草や表情に、どうしようもなく愛おしさが募る。
ああ、好きだ。このひとが、好きなんだ。一年かそこらでも、想いが募るには充分だった。僕の中にあったはずの、性別という垣根なんて呆気なく飛び越してしまうほど、貴方が。冬島慎次のいう人間が、たまらなく愛おしくて仕方ないんだ。

隊長と僕しかいない冬島隊の作戦室に、僕の小さい声は思いのほか響き渡った。トラッパーとしての技術を教えてくれていた真っ最中だったために、冬島さんの顔は鳩が豆鉄砲食らったような、ぽかんとした顔をしていた。

ああ、やってしまった。
この心地よい距離感を、保ちたいと思っていたはずなのに。叶うはずがないから、ずっと秘密にしておこうと思っていたのに。
覆水盆に返らずとはこのことだ。溢れてしまった言葉は、想いは戻らない。今この瞬間、冬島さんの対応次第で、僕と彼の距離は決定的に変わってしまう。

まるで死刑宣告でも受けるような心地だった。
だってそうだろう。性的嗜好はひとそれぞれだ。僕のこの想いが、気持ち悪いって、思われないとも限らない。人のいい冬島さんだけど、生理的嫌悪だけはきっと、どうしようもないと思う。嫌悪を抱かれている相手に無理に教えてもらうようなことは、できないし……

「みょうじ」

心臓が嫌な感じに跳ねた。
呼吸がしづらくて、冬島さんがどんな顔をしているのか、怖くて見れない。俯いてぎゅっと目を瞑る僕の頭を優しく撫でて、隊長は柔らかい声で告げた。

「こんなおじさん相手にするんじゃなくて、お前の年齢に相応しい相手と青春しときな」

「──、」

それは、なんて。
なんて、残酷な言葉なんだろう。




「おっ、みょうじじゃーん。最近顔見ねえけど元気にしてた?」

「当真」

厄介な相手に捕まってしまった。気安い仕草で肩を組んでくる当真勇に思わず舌打ちが漏れそうになる。目が笑ってないんだよ、お前。怖いよ。

「オールラウンダー目指してるみょうじクンは、今誰に師事してるの?」

「今は出水……おい、暑いし重い。離れろ」

「ヤだね。お前いっつもはぐらかしてどっか行っちまうじゃん」

「そんなことは……」

ある。けど、素直に頷くことなんかできなくて、むっつりと黙り込んでしまう。
冬島さんに告白する前、僕はしょっちゅう冬島隊の作戦室に転がり込んでは色んなことを教えてもらっていた。全てを教わり切る前に他のひとのところに通い始めた上、冬島さんも当真も真木さんも避けてしまっているから、当真が不審に思うのは仕方ないことかもしれない。

だけど。
どんな顔をして会えって言うんだ?

「別に、お前にもなんか事情があるんだろうけどさ〜、たまにはうちの作戦室に顔出せよな。うちの隊長だって寂しがって……」

「それはない」

思わず当真の言葉を遮る。それ以上の言葉なんて、聞きたくなかった。

「……なぁんでそんなこと言い切れる訳?」

近い距離で、当真が僕を見下ろしてくる。鋭利な刃物にも似た空気は、それでも僕の心を傷つけることはなかった。
冬島さんの、あの言葉に比べたら、当真の言葉なんて痛くない。

「フラれたから」

「え、はぁ?」

「言う気はさらさらなかったけど、思わず告白してしまって、冬島さんにフラれたから」

多分僕は、情けない顔をしている。あの時みたいに俯いて、口をぎゅっと食いしばる。
フラれた、なんていいものじゃなかった、ほんとうは。
僕の想いは、子供の戯言だと思われて、真剣に受け止めてもらえなかった。あのひとと同じ土俵にすら立てなかった、それだけなのだ。

「え、コクって、フラれた? お前が? うちの隊長に?」

「何度も言わせるな。口にするのもしんどいんだぞ」

「いや、だって、ええ?」

自慢のリーゼントをくしゃくしゃにして、当真が頭を抱えている。そのまましゃがみこんでしまった姿を見下ろしていると、何故だか足に縋りついてきた。

「おい、止めろ重い」

「いやだってな!? だってよぉ〜」

何がだってなんだ。そんな言い方しても可愛くはないぞ。

「だから、うちの作戦室に来なくなったってことか」

「そう。……諦めるには、もう少し時間がかかりそうだから」

冬島さんの元に通わなくなって、色んなひとに教えを受けた。冬島さんの言う通り、僕の子供の戯言みたいな、大人に憧れてるだけのものなんじゃないかって、確かめるために。
でも、東さんの元でも、嵐山さんの元でも、何も変わらなかった。教えを受けたからって、優しくされたからって、それだけじゃなかった。
好きなのは、あのひとだけだった。
冬島さんだから、好きになったのに。

「諦められんの?」

射抜くような瞳で、当真が問う。
僕はそれに、苦笑で返すことしかできなかった。

「諦められるかどうかじゃない。諦めないといけないんだよ」

情けない顔をしていると思う。
俯いても足元にいる当真には丸見えだ。僕の表情に、当真は少し息を飲んで、そして溜息を吐いた。

「しゃーねえなぁ……ぼちぼちまた相手してくれや」

立ち上がり、さっとリーゼントを整えた当真は、いつもの飄々とした当真だった。そのことに少し、安心する。

「うん……悪いな」

「良いってことよ。あのひとの自業自得だ」

あのひと、とは。
冬島さんのことだろうか。自業自得というのなら、僕のことだと思うけど。
思わず首を傾げた僕の頭を、当真はぐしゃぐしゃとかき混ぜた。まるで、冬島さんがしてくれたみたいに。
……同じ隊にいると、仕草も似てくるんだろうか。

「こっちの話。まぁお前は今まで通り頑張れよ、俺も何か手伝えることあったら手伝うし」

「ありがとう。何かの時にはよろしくな」

ありがたく当真の言葉を受け取って、僕らは手を振りあって別れた。
残暑の頃だった。

夏が終わり、秋が来て、冬に差し掛かっても、僕はやっぱり、冬島さんのことが好きだった。
諦めないと、と思ってるうちは、まだ多分好きなんだと思う。任務で一緒になったり、訓練室で顔を合わせた時は挨拶するし、会話もするけど、どこかぎこちない。ぎこちないその空気が嫌で、やっぱり冬島さんを避けがちになってしまうのは、許してほしい。後ろ姿を見るたびに胸が軋むのに、平常心を保てって方が無理だ。

「好きです」

ある冬の寒い日、告白された。
相手はボーダーのオペレーターの子で、ソロで任務をこなす僕のオペレーターを買って出てくれる子だ。想われてるなんて想像もしてなくてぽかんとする僕に、耳まで真っ赤にした女の子が、口元を両手で覆って驚愕の表情を浮かべている。
ああ、と思った。同じだ、僕とこの子は。言う気がなかったのに、思わず溢れてしまったんだろう。目元に涙を滲ませて、あの、とか、その、とか言って慌てている。混乱しているのだろう、その気持ちはよくわかる。

「ありがとう。……すぐには、答えを出せないから。少し、待ってほしい」

口に出たのは、僕が欲しかった言葉だ。
好きでもいい、嫌いでもいい。想いを真摯に受け止めて欲しかった。その上で答えをくれたなら、僕はもう、それだけでよかったのに。

もしかしたら、僕はもう前に進むべきなのかもしれない。未練がましく過去の恋に縋ってないで、前に。その分岐点に立っているのかもしれなかった。

「あ、ありがとう、みょうじくん」

「うん。僕も、ありがとう」

ぺこりと頭を下げて立ち去る彼女の背中を見送りながら、僕は溜息をひとつ吐き出す。
好きに、なれるだろうか。まだあのひとを好きなままの僕だけど、胸の痛みは昔ほどじゃない。姿を見かけても、ちくりと刺すような痛みがあるくらいだ。だからもう、諦められたのかもしれない。

「付き合ってればそのうち、想いも釣り合うようになる、かな」

彼女に失礼なことをしているのかもしれない。けれど、あんな風に想われ続けていれば、絆されるのなんてすぐだろう。
目を閉じて思い浮かぶのは、いつだってあのひとの後ろ姿だった。振り返って、僕を視界に入れて、笑いかけてくれる。それがとても、嬉しかったのだ。
でも。

「頃合い、だよな」

「何が」

急に後ろから手を引かれて、僕はバランスを崩しながら振り返ることになった。
そこにいたのは、かつての僕の、想いびと、で。

「ふゆ、しまさ、ん」

「何が一体、頃合いだって?」

息を切らして、どこか切羽詰まった顔をしていた。思ったより距離が近くて動揺する。腕を話してもらいたくて身動いだけど、僕の手首を掴む力が強くなっただけだった。

「冬島さんには、関係ないでしょ」

「そ、れは、そうかもしれんが」

顔が背けて呟けば、途端に冬島さんが弱気になる。そうだ、関係ないじゃないか。
だって貴方は、僕の想いを、子供の戯言だって、まともに受け止めもしなかったじゃないか。

「お前、俺のこと好きなんじゃ、ないのか」

怒りで言葉が出ないって、こういうことなんだと、僕はどこか冷静な頭の隅で思った。
このひとは、一体何を言ってるんだろう。

「は?」

「いやだってお前」

「僕だって成長するんですよ。時間は有限なんだから、いつまでも振り向いてくれないひとなんてほっといて先に進まなきゃ勿体ないでしょ」

「そ、れは……そう、だな」

「なんですか、その顔」

捨てられた子犬みたいな顔をして、腹が立つ。
振られたのは僕で、相手にされなかったのも本気にそれなかったのも僕だ。
なのになんで、貴方が傷ついた顔をするんだ?

「貴方が、同世代と付き合えばいいって言ったんじゃないですか。なのに今更なんだっていうんです? 貴方の言った通りになろうとしてるのに、今になって口を出さないでください」

「みょうじ」

「もう貴方に振り回されるのはうんざりだ。もう苦しいのも悲しいのも胸が痛いのも嫌なんです。せっかく……せっかく、諦めかけてるのに、今更思い出させないでください……!」

腕を振り払おうとしても、僕の手首を掴む腕は離れない。トラッパーのくせになんなんだよその筋肉。腹が立つ。
今更、今更だ。溢れたミルクは戻らないんだよ。僕の溢れ出た想いも、溢れてどこかに行ってしまった。あとは乾くのを待つだけ、待つだけで、それで。きっと忘れられるはずなんだ。

「俺とお前は、29歳と18歳で、九つも年が違う」

「な、に」

「淫行条例が怖いし、こんなおっさんがお前みたいな若いのを、ってビビった。一回り近く年齢が違うんだぞ。今の高校生が何が好きなのかわかんねえし、どんなことをすれば喜んでくれるのか見当もつかん」

ぎゅっと、また腕の力が強くなる。

「それでも、慕ってくれるお前が可愛かった。好きだって思ったよ。お前に告白されて嬉しかった。でも応えようと思った瞬間に、頭の中によぎったのは、これから先色んな体験をするだろうお前を、俺なんかに縛りつけてもいいのか、ってことだった」

掴まれた胸が痛い。おんなじくらい、胸も痛かった。

「同世代と青春しろって、俺は言ったよな。同世代と恋愛しろとは絶対に口にはできなかった。お前が色んなこと体験して、色んなこと経験して、その上で俺を選んでくれたらとも思った。その間に他の誰かと恋に落ちたって、それは仕方ねえことだって、自分を無理やり納得させようとした」

強い瞳だった。何かを必死に掴み取ろうとしている、そんな瞳だと思った。何かってなんだ、って考えて、頭が沸騰しそうになった。

「でも、無理だった」

諦めようとしたって、結局は無理だ。
だって、貴方の熱を感じ取るだけで、こんなにも想いが溢れてしまう。零れてしまう。何がもう少しで諦められる、だ。何が頃合いだ。全然無理だった。やっぱりいつまでも、好きだった。
冬島さん、僕は、貴方が。

「好きだ。お前が好きだ。結局、俺は自分さえ誤魔化せない。お前より年上で、長く生きてるくせに、ガキみたいにお前が欲しいって、叫び回りたいくらいに、俺は、お前が」

この胸の中を開いて、貴方に見せられたらいい。いつまでも貴方に囚われたままの、この想いを。

続きを口に出したのは、どちらが先だっただろうか。
触れ合う唇の温かさに、僕は泣いてしまった。
幸せすぎて、どうにかなってしまいそうだった。



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