部誌15 | ナノ


雨雲の向こうで



フンフン、と怒り収まらぬように鼻息を漏らす襟巻きに、ドンキホーテ・ドフラミンゴは口の端をあげた。
首元にある狐の頭を撫でれば、その豊かな獣毛がしっとりとしていて指にまとわりつく。これこそが、ドフラミンゴの襟巻きの不機嫌の理由だ。

「フッフッフ! いい加減に機嫌を直さねえか、なまえ?」

「直せるもんなら直しとるわい! 全く不快じゃ、不愉快じゃ! じゃから雨季の島には行きとうないと言うておったのに! ドフィのばかちんめ、わしの自慢の毛並みが台無しではないか!」

首元でそう大声で訴えられては耳が物理的に痛い。指先で鼻先を押さえてやると自然と口を閉じる形になったものの、すぐさまドフラミンゴの指から逃げて齧りつかれてしまった。とはいえ本気で噛んでいるわけではなく、甘噛みだ。狐は狐でも、これは分別のある狐なのだ。

甘噛みに飽きたのか、狐がぐるりと体をドフラミンゴの首に巻きつけた。八つ当たりの延長で、巻きつく力が強いのは愛嬌だ。無理を言って連れてきたので、この苦しさを甘んじて受け止めよう。ふわりと絡むと尻尾が首筋に貼りついてそこそこ不快だったが、狐ほどではあるまい。

襟巻きの振りをしてドフラミンゴの首に巻きつく狐は、なまえという。古めかしい喋り口調は、それだけの時を長く生きていたからだというのが本人の談だが、果たしてそれが本当なのか、ドフラミンゴにもわからない。瑣末な問題だ。ドフラミンゴにとって、なまえがなまえであればそれでいい。そんなことより、なまえが己の側に居続けることの方がよっぽど重要だった。

「仕方ねぇだろう。仕事だ、仕事! それに、雨季がいやなのはお前がそのカッコでいるからだろ? ヒトの形をすりゃあ不快感も忘れる」

「……それもそうじゃの」

むっつりと黙り込んだでからポツリと零したその一言に、ドフラミンゴの笑みは深まった。途端首回りにずっしりとした重みを感じる。うまく体勢が整わず、ずるりと落ちてくる細い体を逞しい腕で受け止めた。
狐からヒトに転じる時、その重さまで変わるのはどうしてなのか。ドフラミンゴにとってどちらも大した差はないのだから気にすることでもないのだろうが、ふとした疑問である。

「このナリでは久しぶりだなぁ、なまえ?」

「全く不本意じゃ。ヒトのナリは余り好きではないというに。致し方ないことだのう」

ドフラミンゴの腕の中にいるのは、先ほどの黄金の毛並みの狐と同じ髪色をした年若い少年だった。ドフラミンゴの腕から降りる様子もなく、抱き上げられたままべったりと懐く。この狐が歩いたり動いたりが苦手で好きじゃないのだと知ったのはいつのことだったか。体良くタクシー代わりにされながらも、ドフラミンゴは気にせずなまえを抱き上げたままでいた。

相変わらずとんでもない美形だ。なまえを見てそう思うのはドフラミンゴだけではない。現にすれ違ったクルーがなまえの秀麗さに見惚れて壁に激突していた。なまえの美しさでは仕方のないことだろう。

なまえという人間は、悪魔の実能力者である。
なんの能力かは定かではない。ただ、変身能力があるのだと、それだけを知っている。普段は狐の姿を好み、ドフラミンゴの首元で呑気に寝こけているが、ヒトに戻ればこんなにも美しい。
背中に当てた手で背筋を撫でれば、尻尾でぴしゃりと叩かれた。とはいえモフモフしているのでさして痛くはないのだが。

「これだからドフィは油断大敵なのじゃ」

ぷく、と頬を膨らませるその姿は愛らしく、どこか艶めかしい。素の顔を忘れた、と宣うなまえなので、今のこの美しい顔はよほど気に入ったのだろう。ドフラミンゴも気に入っている。泣かせて鳴かせて啼かせて喘がせたいくらいには。

「たまにはいいじゃねえか」

「わしでせーよく発散するな! おぬしには相手が沢山おろう。じじいに構ってる場合か?」

「言っただろうが。おまえの代わりはいねえ。おまえがいいんだよ」

「ほんに物好きじゃの〜青春無駄にしとるぞ」

呆れた視線を向けるなまえの頬に口づける。なんだかんだ拒絶しないあたり、なまえだって本心で言っている訳ではないのだろう。

「それに、フツーのやつは壊れやすいからな。その点おまえにはそういう心配は不要だろ?」

一般的な人間より大きな体を持つドフラミンゴだ。そこいらの女を相手にすれば、朝に事切れている場合もなくはなかった。目覚めれば同じベッドに死体が寝ているというのは、そこそこ不快なものである。

「まあのぅ」

フン、と鼻を鳴らしたなまえは、瞬きひとつの間でドフラミンゴに釣り合うほどの巨体になった。また重さが増えたが、全くの苦ではない。なまえも乗り気になったのか、正面を向いてドフラミンゴに抱きついてくる。足を腰に絡ませてくるので、歩くたびになまえの尻がドフラミンゴを刺激する。

「フッフッフ! ヤッてりゃそのうち雨季の海域を抜ける。それまで楽しもうじゃねえか」

「仕方ないのぅ、精一杯尽くすが良いわ」

「このおれにそんなクチを叩くのはおまえくらいだ、なまえ」

機嫌をよくしたドフラミンゴは、そのまま寝室へと足を向けた。なまえの声は大きいので、船員たちの耳に届いてしまうだろうが、まあいいだろう。聞かせるのも勿体無い気もするが、対策に手間取ってなまえのヤル気がなくなるのも困る。

寝室に向かう途中、窓の向こうの遠くでは青空が見えていたが、ドフラミンゴはそれを無視した。雨の方が、都合がよかったので。



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