部誌15 | ナノ


虎が雨



雨が降っていた。
まるで己の心を表現するような雨だ。視界を白いベールでぼやかしたような、雨。強すぎず、けれど弱いわけではない。体を打つそれが体を冷やす。傘もささずに何をしているんだと自嘲しても、体は動かなかった。

目の前に横たわるひとを、ただただ、みていることしかできなかった。

触れる手が冷たい。まるで眠っているかのようだ。頬を撫でると、いつもみたいに、笑って何してんだって、頭を撫でてくれたらいいのに。
それだけで、もう、よかったのに。

欲張ったのがダメだった?
好きだって伝えて、困らせたのがダメだったのかな。
あなたはいつもオレを子供扱いして、また今度な、とか、十年後に同じ言葉を言ったらな、とかそんな誤魔化しばかりで、本気で向き合ってくれなかった。
オレの知らないところで、知らないひととキスしてるの、見たことある。でも、やっぱり、好きで。諦めきれなくて。どうしても、あなたのそばにいたいと、願ってしまって。
あなたがオレだけのものになればいいのにと、思ったことが罪ならば、こんなにひどい罰はない。

今更、気づく。
あなたが生きていてくれれば、それだけで。もう充分だったんだって。
亡くしてから気づくなんて、遅すぎるにも程がある。

オレのこと、好きじゃないくせに。
オレを庇って死ぬなんて、ほんとうに馬鹿だよ。
オレより、あなたの方が大切だった。世界にとって重要だった。あなたを犠牲にして、生きていたくなんて、なかった。

生きてたくなんて、なかったんだよ。




雨音が嫌いだ、というそのひとは、いつだって天気予報の雨マークを睨みつけていた。

「なんでなまえさんは雨が嫌いなの?」

「……理由なんてないよ」

嘘つきだな、と出水は思う。苦々しげに睨みつけてるくせに。嫌いなタバコを、なにかを誤魔化すように吹かしているくせに。

雨の日が嫌いなひとは、結構な数いるはずだ。気圧の関係だったり湿気だったりで頭痛を起こしたり、何がしかの体調不良を引き起こす原因だったり、単純に濡れるのが嫌だったり。
でも、みょうじなまえが雨を嫌いな理由は、それだけではない気がしていた。
でないと、こんな風に出水に触れさせない。

まるで罰を求めるかのように、みょうじは出水を受け入れた。おれとのセックス、そんなに嫌なの? と悩んだこともあったが、なにぶん出水はみょうじが好きで、更にはやりたい盛りの年齢だったので、据え膳に喜んで飛びついた。
好きな相手には、とびきり優しくしたい。暴走しないように、優しく甘やかすようなセックスを心がけたが、筆下ろしの相手がみょうじである出水には余裕なんてない。初体験には流血が伴ったが、みょうじは受け入れた。どこか安堵もあった気がする。
雨の降る日には、酷くして、なんて殺し文句でセックスのお誘いがあったりなんかして、出水は意気揚々とセックスに励むのだけど。

内罰的なみょうじに、どんな過去があるのかなんて知らない。
年上の綺麗なお兄さんに一目惚れして、見つめているうちに会話するようになって、そしたら中身を知って放っておけなくなった。

「……さむい」

どんな真夏の日でも、雨が降れば、みょうじはそう言って体を震わせた。触れた体はたしかに冷たくて、温めようと伸ばした手に、縋られて。そのままなし崩しにセックスしてしまった。それ以来、雨が降るたびに出水はみょうじの元へと足を運ぶようになったし、みょうじは出水を受け入れた。
自分がいなければ、みょうじはきっと、見知らぬ他人にその体を任せていただろう。ふざけんな案件である。そんなこと、許せるはずがない。肌に触れることを許されたからこそ、出水は独占欲を抱くようになった。

だから、みょうじの心に、自分以外の誰かがいることを知っているし、その事実が許せなくもある。
なし崩しに関係を持ってしまったせいで、出水とみょうじの関係は曖昧だ。みょうじの家の合鍵を持っているけれど、多分恋人ではない。セックスフレンドというやつなのかもしれない。出水が一方的に好きなだけだ。みょうじからの感情は、多分きっと、ない。

(でも、なまえさんは、おれのものだ)

出水だけが、その肌を許された。
出水だけが、その奥を赦された。
抱かれながら、ほかのひとの名前を呼ぶことはない。みょうじがセックスしている最中、口にするのは出水の名前だけだ。
はじめてのセックスは流血が伴った。お互い初心者で、訳もわからず体を重ねた。

そう、みょうじだって、初めてだった。多分あの身体は、未開拓だった。そして今日まで、回数をこなすたびに、みょうじの性感帯を育ててきたのだ。お互いのイイところも知り尽くして、気持ちのいいセックスができていると、思う。独りよがりのセックスではない、はずだ。

「なまえさん」

寒いから。みょうじの誘い文句は大体それだ。雨の日以外に体を重ねたことは、あんまりない。それが少し、不満で。
雨の日だけじゃなくて、晴れた日だって、雪の日だって、あんたに触れたいって、思うよ。

唇を重ねる。みょうじは、嫌がらない代わりに、目を閉じることもない。受け入れては、いないのかもしれない。
それでも、出水はみょうじが好きだし、彼を自分のものだと思っている。心はどうでも、身体はそうだ。そして近いうちに、心も手に入れられると、知っている。

「すきだよ」

触れた唇は、かさついていて、少し冷たい。
熱を与えるように、口づけを深くした。唇から溢れる愛を、分け与えるように、深く。背中に回された手に、あともう少しだと、出水は笑った。

曇り空から、一筋の光が射した、ある日のことだった。



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