部誌15 | ナノ


アクアリウム・ブルー



 人というのは、相応の対価もなく手にしたものは、ありがたみを覚えにくいのかもしれない。可愛くデフォルメされた鮫が描かれたチケットは、バッグの中に乱雑に突っ込まれていたせいで、しわくちゃになってしまっていた。
 休講の暇を潰すためになんとなく買った雑誌の、なんとなく解いたクロスワードパズルの、その正解者から抽選で当たる懸賞になんとなく応募して、それでぽろっと当たってしまった三等の水族館ペアチケット。郵送されてきたときよりもずいぶんみすぼらしくなってしまったそれを手に、俺は鈴鳴第一の作戦室を訪れていた。
 インターフォンを押せば、すぐに扉が開かれる。高校の制服にトレードマークの帽子を被った太一が「はいはい!」と前のめりに開けてくれたらしい。元気だけは満点の少年は、おれを見るなりぱっと顔を輝かせた。
「みょうじさん! いまのランク戦見ました!?」
「見てたから落ち着け、まず中入らせろ。俺は来馬に用がある」
 跳ね回る動物をあしらいながら、ずかずかとお邪魔させてもらう。部屋では来馬と鋼と今が顔を付き合わせて話し合いでもしていたようだ。さっきの試合の反省会だろう。戦闘員三人のなか鋼だけが隊服のままなのは、最後まできっちり生き残り、生存点を獲得したからに他ならない。
 来馬が立ち上がって、律儀に頭を下げた。
「こんにちは、みょうじさん」
「おー。みんな健闘したな。鋼もよく頑張った」
「ありがとうございます。みょうじさんのご指導のおかげです」
「言われるほどしてねえっつの」
 かしこまる鋼にひらひら手を振って、本題である来馬に向く。握った二枚のチケットを「これ」と差し出した。
「やるよ。懸賞で当たったんだ。来馬、魚好きだったろ」
 ぴらりと揺れるチケットと俺の顔を、来馬が数度交互に見て、何故か鋼を見て、俺に視線を戻した。
 そそくさと両手を背中に回して、来馬は困ったふうに微笑む。
「えーと、みょうじさんは行かないんですか?」
「誘うような女の子もいねぇし、わざわざ男一人で行くのもなあ。タダでやるから、彼女誘って行ってこい」
「えっ、来馬先輩彼女いるんですか!?」
 割って入ってきたのは太一だ。目をきらきら輝かせて、下世話に首を突っ込んでくる。
 俺はにやりと、「いるだろ、こいつは」と確信を持って頷いた。来馬は否定も肯定もせず、ただ苦笑するのみ。
「太一、みょうじさん、ちょっと黙って!」
 っと、イジりすぎたか今に叱られてしまった。手を腰にあててお怒りのオペレーターちゃんは、俺と太一にガルガルとお叱りの声を上げながら、なぜだかちらちらと鋼のほうを見ている。来馬と同じだ。
 その鋼は、困ったように肩を竦めている。隊員は隊長に似るのか、その仕草は来馬にそっくりだ。
 来馬はというと、断固受け取れませんという態度を崩していない。
「ぼくは遠慮しておきます。そもそも、その水族館、年間パスポートを持ってるんです」
「まじか、ガチ勢じゃん」
「あはは……それで、提案なのですけど」
 優しい隊長が、また鋼を見やった。なんだ、鋼がどうかしたのか? さっきから来馬も今も、妙な態度だ。
「それ、鋼にあげてくれませんか?」
「えっ」
 驚きの声は、当の鋼から上がった。いつも泰然とした彼には珍しい、動揺の表情である。
 久しぶりに見る感情露わな様子に、俺はからかい混じりに微笑ましい気持ちになった。
「まったく構わないぜ。ほれ、これで好きな子でもデートに誘いな」
「みょうじさん!」
 何故かまた今が声をあららげた。今度は完全に叱責のニュアンスを含んだ声音だが、あいにく俺にはマジで本当に心当たりがないのでどうしようもない。
 鋼は、目を瞬かせて、来馬に何かを問うているようだ。それに、頼れる隊長が、力強く首肯する。それに後押しされたか、鋼は俺の元に来て、手を差し出した。
「ありがとうございます。すごく嬉しいです、本当に」
「うんうん。有効期限近いから、それだけ気をつけるんだぞ」
 手のひらに押しつけられたチケット、それを見る鋼の目は、喜色を滲ませて細められていた。元手が暇つぶしと幸運だけのそれでそこまで喜んでもらえるとは、俺としても嬉しい限りである。
「ええ〜先輩だけずるいっす! おれも水族館行きたいのに!」
「太一! いまは黙って!」
 もっともな不平を漏らす太一は、なぜか今にぴしゃりと叱られていた。俺が来てから彼女はずっとピリピリしているような気がする。太一におくちチャックさせながら鋼に向く心配げな視線によると、おそらく鋼関連の何かなのだろうけども。
 心当たりを探る俺の前で、来馬が鋼の肩を叩いた。何の合図か考えるより先に、大きく深呼吸をした鋼が「あの、」と俺を呼んだ。
「おれと、一緒に行きませんか?」
「……俺と、鋼で?」
 聞き返したら首肯された。鋼の後ろでは来馬が拳を握って真剣な表情だし、太一の口を塞ぐ今までも、来馬とそっくりの顔をしてこっちを見ている。誘われた俺はといえば、緊張の面もちの鋼を前に、当惑していた。

 ごめん、ちょっと意味がわからないんだけど……。



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