中毒/ジャンキー
飢えた獣のような目をしている。
それが、彼に抱く第一印象だ。
こちらを見下ろしてくる太刀川慶という男は、いまだ二十かそこらの年齢にも関わらず、最強の名を欲しいままにしていた。
と言っても彼の死の師である忍田真史こそがノーマルトリガー最強の男と呼ばれており、太刀川はつまり、現役ボーダー隊員の中で最強の男、ということになる。
けれどもその強さは保証されたものだ。誰にも彼を打ち負かすことはできない。現役の隊員は、誰も。
(正攻法で敵うなんて思ってない。おれはそこまで無謀でも馬鹿でもない)
ならば。
どうやって、彼に勝つのか。
その方法を、いつだって模索している。
タブレットを操作して、今までの戦績を確認する。自分のでは勿論ない。確認しているのは、太刀川慶のものである。
手持ちのタブレットには、今までの太刀川の戦闘の記録が保存されている。機密保持の観点からログを持ち出し可能なタブレットに保存するのは服務規定違反だが、本部からタブレットを持ち出さないことを約束して、無理矢理許可を得た。
お陰様で、どんな癖があって、どんなパターンで行動するのか。ログを遡れるだけ遡り、ある程度予測出来てきたように思えた。しかしふとした一瞬で、積み重ねてきた予測の全てがブラフに思えるような、そんな行動をとる。見れば見るほど、太刀川慶という人間がわからなくなる。
あいつ馬鹿だからな、と諏訪が言う。それでも彼に、また太刀川隊に勝てないのは、太刀川慶が一筋縄ではいかないからだ。
成績は確かに悪いのだろう。ただし、頭が悪い訳では決してない。彼の頭のなかはきっと、戦術や戦闘におけるものでいっぱいに違いない。現代社会で生きていくための知識は足りずとも、闘い生き抜くための知識ならば、山のようにあるのだ。
忍田を師に持つ太刀川の腕前は本物だ。真っ当に闘ってどうにかなる相手じゃない。
チーム戦ならどうか、と思っても、太刀川隊には出水がいる。太刀川だけでも強いのに、出水までいたらどう攻めればいいのかわからない。出水の無制限な後方支援はどう考えても厄介だ。チーム戦は避けた方が無難である。
「そもそも、チームで勝ちたい訳でもないしな……」
望むのは、一対一の闘いなのである。
いつからだろう。彼に勝ちたいと思ったのは。
叶わなくていい、でもやるからにはテッペンとるつもりでいけ。幼い頃からそう父の教えを受けていたために、ボーダーに所属するようになれば、ランク一位を狙うのは、自分にとって当たり前のことだった。自分に合うポジションはどこかと確認したら、どうにも攻撃手がよさそうだった。そこで、大いなる壁の存在を知った。
圧倒的な能力で以って、敵を屠る姿を覚えている。詰まらなさそうな顔で、感慨もなく換装した敵の首を落としていた。呆気ない勝利は、彼の強さをまざまざと感じさせた。興奮するオーディエンスから、彼の名を知った。そこから、彼を、太刀川慶という存在を気にするようになった。
次に彼の戦闘を見たのは、上位ランクの隊員と闘っている時だ。爛々と輝く瞳が、強敵に相見えることができたことに喜びを映し出していた。
その瞳に映りたいと、どうしてか、思ってしまった。
ペーペーのヒラ隊員がやれることなんてたかが知れている。それでもせめて、と積極的にランク戦に挑むようになった。事前に相手のログを確認したし、戦闘後に自分のログも確認して自分の悪いところを見つけ出した。
一歩一歩、自分が彼に近づいて行っているのがわかる。それが心地よかった。そして同時に、彼との距離をまざまざと感じた。
出来ることがひとつ出来るたび、彼の偉大さを、強さを思い知る。彼に追いつこうと足掻くたび、その距離が開いていくのがわかる。
それでも諦める気にはならなかった。諦める理由にも、ならなかった。手が空けば、タブレットに詰め込んだ太刀川のログを何度も何度も見返すようになった。
普通にしていては、到底彼に追いつけない。
ならば、どうすべきか。
正攻法では敵わないのは目に見えている。では、正攻法以外の方法はないのだろうか。
接近戦も、中距離戦も敵う気がしない。同じ孤月で戦うべきかも未だわからない。また、トリガーの詰め込みすぎもよくない。欲張らない範囲で、小技が効いて、かつ裏をかけるようなものを一つ二つ入れられたらいい。
まだ、足りない。様々なものが。
「お前がみょうじなまえ?」
呼びかけられて顔を上げる。そこには、タブレットに映る顔と同じ顔をした男がいた。
「……たちかわ、さん」
「最近ランク戦を騒がせてるやつってお前だろ? 急上昇してるらしいじゃねえか」
感情の籠らない、やる気のない瞳と、表情。
まだ彼にとって、自分がとるにたらない人間なのだと思い知る。
「いい面構えしてんな。さっさとここまでたどり着いてみせろよ」
にっと口の端を吊り上げて、太刀川が笑う。
その瞳に、映るのは。
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