部誌14 | ナノ


中毒/ジャンキー



「なんじゃ、はやことうたちやか」

 ことうたち…聞き慣れない単語に酷く重い頭をゆるゆると持ち上げると、にたりと溶けて落ちた様な真っ赤な三日月形の瞳が、ぼろの三度笠の隙間から笑み歪んでいた。

以蔵さん

 口にも出せなかった名前を聞き取れたのか、あるいは目の前に躍り出てきたものに対してか、ケケ、と吐き捨てるように短く笑った顔が真っ直ぐに正面を見つめ己の顔のすぐ横にあった草履が、土を蹴って視界から消える。
 そこで初めて自分が地面の上に、崩折れるようにして倒れている事に気づいた。
 身体はまるで鉛のように重く、乾いた砂の混じる土のにべったりと張りついたまま腕ひとつ持ち上げる事が出来ない。
 辛うじて見える視界の先には、まるでそこから先に真っ黒な壁でもあるかのように綺麗に円形に地面が丸を描いていた。
 砂の混じった乾いた土の感触が指先に、手の平に触れている。
 その時、頭上で起こった鍔競りのわずかな火花に照らされて見えたそれは赤黒くぬめった液体だった。
 ぐるりと己の周りを、伸びた指先から60cmぐらいだろうか、薄暗さに真っ黒にしか見えない赤黒い光沢をもった液体が囲んでいる。
 人とも獣ともつかない金切声がひとつ、大きく場に響いて、何か重いものが水面に落ちたような音が空気を震わせると、目の前の水面も弛むように一瞬歪んだ。

血、だろうか。

 そうだとすればそれは視界の先に延々と広がっており、酷くおびただしい量だ。
 なぜ、と頭の中で問いかける前にそれを遮るような速さで真っ赤に汚れた足袋と草鞋を履いた足先が視界を塞ぐ。
 倒れた自分を跨ぐように立ったままの足は履いた袴さえ斑模様に真っ赤な何かで染め上げられており、それを怖いと思う間もなくまたわずかに土を鳴らして踵が浮く。
 幾度も、斬撃の音が、断末魔が、重い何かが落ちる音が、真っ暗な空間に響く。
 焦点の合わないぼやけた視界の先に広がるのは真っ暗な空間と、ぽっかりと円形に開いた地面ばかりで人影も建物の影さえ見えない。

あぁ、たぶんこれはいつもの夢だ。

 なんとなくそう感じる、恐ろしいのかどうかもよく分からない。
 けれどなんとか首をひねって見上げた先にある、どこが瞳かも分からない黒い影を真っ赤に裂いたような目がこちらをちらりと見下ろしてはにたりと歪に笑う様に
あぁ、以蔵さん楽しいんだな。などと、暢気だといつも笑われるような感想しか浮かんでこなかった。

 この頭や体の重さは魔力枯渇だろうか、マシュやダヴィンチちゃんに怒られるかな
 でも毎回思うけどこれ絶対俺のせいじゃないんだけどな
 などと取り留めのない思考が泡のようにふつふつと沸いては弱く弾けて消える。

 湿った草履が土を食む音と、甲高い斬撃の音を遠くに聞きながらなぜか鼻先を柔らかい味噌の匂いが掠めたような気がして

 明日の朝ごはんにお味噌汁が飲みたいな。

 そう思ったっきり彼の意識がどろりと柔らかく生温い闇の中に沈んでいった。



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