部誌14 | ナノ


星に手を伸ばす



手の届かない遠くのものが欲しくなることってあると思う。
届かないからこそ、欲しくて。
届かないから、好きなのか、もう分からなくなってしまった。

まるで、君は星のようだ。
美しく夜空を彩り、手を伸ばしても届かない、星のようだった。



「よう」

手を挙げて挨拶して来たのは、天下のゴールデンライアンだ。今人気のヒーローが、こんな街中にやってきて大丈夫なのだろうか。現に周囲の人間は、グラサンぐらいしかかけてない、やる気のない変装をしているヒーローにざわざわしている。

「またですか? 抜け出す口実にここに来るのやめて貰えません?」

「アンタのコーヒーが美味いのが悪い」

笑いながらサングラスを外すもんだから、周囲から歓声が上がった。ファンサービスで手を振るのはいいけど、本気で辞めてほしい。前にそれやっておれの大事な相棒であるキッチンカーが壊れかけたのだ。弁償するって言ってくれたけど、壊さないにこしたことはない。そもそもおれの相棒を壊す前提で話すのはおよしになって。

なんだってこんなすごいヒーローが、おれの淹れるコーヒーを気に入ってくれたのかわからない。確かにコーヒーが売りのキッチンカーで、他に売ってるのはお情け程度の紅茶や、お供になりそうなデザートやスナックぐらい。キッチンカーはオフィス街をぐるぐる回っていて、周回の曜日が決まってるから固定客はそこそこいる。
ゴールデンライアンが来るのは日によってまちまちで、どうしてだか、いつもおれが車を止める場所に訪れてくれる。そのうち「ゴールデンライアンオススメの店」だって噂が立って客が増えたのは嬉しいけど、ミーハー拗らせて迷惑かけてくる客もいる。お客様ってのはほんとにピンキリだ。嬉しいのか困るのか、おれにもどっちかわからない。

ゴールデンライアンの好きなコーヒーはシンプルだ。アメリカンのブラック。注文されるまでもなく、いつものことだとコーヒーを淹れる。キッチンカーの外ではキャアキャアうるさいけど、あのひとがいなくなればこの騒ぎも治るだろう。

ゴールデンライアン。おれはそのひとのことを、テレビのニュースで観る以上のことは知らない。本名だって、コーヒー以外の好みだって、何もかも。
おれのコーヒーを好んでくれるからだろうか。おれのコーヒーを好きだって言ってくれるお客さんはたくさんいるのに? 有名だから? おれってミーハーだったのかなあ。

どうして好きになっちゃったかなあ。
星に恋をするのと、変わらないようなもんだろ。

「やっぱり、アンタのコーヒーはたまらなく旨いな」

そう微笑む姿に、結局惚れ抜いてしまったんだろうなあ。



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