部誌14 | ナノ


星に手を伸ばす



 歪な形で復活した「新しい魔王」とやらも倒し、黒幕の男も意図こそ読めないものの死んで、世界には今度こそ平和が訪れたかのように思われた。いや、平和になったと言っても過言ではないはずだ。
 経緯こそ分からないが何故かオレが赤ん坊の頃に死んだと聞かされていた母さんと兄のレイクは千年後のこの時代に生きていて、一緒に暮らすことになった。
 魔界も二代目が引き続き治めるだろう。
 人間界は……まあ、あのお気楽な王様が謀反でも起こされない限りは大丈夫だろう。たぶん。
 模範的なハッピーエンドを迎えたはずだ。
 だというのに。
「勇者さん」
 このどうしようもないお人好しの背中だけが、みれんがましくピリオドを刻むことを拒んでいる。
「ゆうーしゃさーん」
 一歩ごと、床に散らばった本を拾いながら歩み寄っていく。間延びした呼びかけに、分厚い本やら、なにかを書き散らした紙の束に囲まれて机に噛り付いた亜麻色の髪が揺れたが、振り返る気配はない。
「ゴミ山さん」
「ゴミじゃない」
 相変わらず振り返りもしないくせに、ツッコミだけは早くて的確。ほほう。勇者さんの分際でオレをナメくさるとはいい度胸ですね。さすが世界を救った勇者。
 背後を取られたことにも気付いているだろうに、頑なに振り返らない丸い頭にいい加減カチンと来て、「っぎゃあ!!」あー、うっかり、ついうっかり、机に置くつもりだった本の束を思いきり叩きつけてしまった。
「首の骨が折れたらどうするんだよ!!」
 本を払いのけながら勢いよく振り返った黒い双眸が涙目になっていることにふは、と抑えきれない笑いが漏れた。
「人間、首の骨が折れたら死ぬに決まってるじゃないですか、そんなことも知らないんですか勇者さん」
「それボクのセリフ!!! もう、なんなんだよロス、遊びに行こうとか言われても当分無理だって何回も言っただろ……」
 一丁前にぶつくさと文句を言いながらも、涙を拭った目をまた文字の海に浸そうとする勇者さんを、開こうとした本の表紙に手を置いて遮る。背後から手を伸ばすオレの影に、椅子に座った勇者さんの姿は収まってしまう程度には、この人はまだ子供だ。そう思ってしまう。
「まだ諦めないつもりですか、あいつのこと」
 意地の悪いオレの問いは、けれど返ってくる答えなんて分かりきっているんだから無意味だった。
「諦めないよ。きっとまだ何かある。きっと」
 ほら。
 明かりひとつない闇よりも黒い瞳をしているくせに、ジッとオレを見返す双眸はいつだって希望という光を失っていない。
 自分の自由なんてものは簡単に手放すくせに、この人は他人のこととなると諦めるということを知らない。いつでも、ずっと。
「エルフの残した言葉が気になる。それに、ボクはあいつがあそこで誰にも知られないまま死んでいいやつだったとは、思えない」
「オレはあれがあいつの望んだ最後だったと思いますけど」
 血の海の中で、奇妙なほど満足げだった日焼け男の死に顔を思い出す。
 同時に、言い募りながらも、オレはいつかの日に自分自身が勇者さんに別れを告げた瞬間のことを思い出していた。
 ハッピーエンドの定義は人それぞれで、決して生きて明日を紡ぐことだけが幸せではない。そうだろう。そう思わないと、わらえないだろう。誰だって。
 なのに。
「そんなのは、助けてから聞く。文句があれば殴ったっていいんだ。生きてればそうできるんだから」
 がむしゃらに流れ星を追いかけるこどものような顔で、勇者さんはハッキリと言い放つ。
 だから、そう。だからこれは、オレ自身のための間奏でしかない。
「……アンタ、オレの時もそうだったんですか」
「そうだよ。ボクはロスを助けるためなら世界だって敵に回したんだ。今更時間がすごく掛かるくらいなんでもないよ」
 その言葉がオレにとどめを刺したとさえ思っていないだろう勇者さんに溜息を聞かせるのさえ馬鹿らしい。
 星に手を伸ばす馬鹿の前では、尚更。



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