部誌14 | ナノ


星に手を伸ばす



《jungle》の秘密基地は地下空間に存在する。もともとは貯水施設だったらしいそれは、誰にも知られず、たった数人の居住スベースとして利用されるにはあまりに広い。
そして、あまりに広い空間は、居住スペースとして不適だった。
そこまではなまえも納得できる。だけれども、これはどうなんだろう、となまえはいつも思っていた。
巨大な地下空間の中に、ぽつんと映画のセットのような四畳間があって、中は昭和のアパートのような古臭い内装になっている。
もちろん、ここ一室だけが部屋というわけではないのだが、jランカーたちが集うのはこの部屋だった。
趣がある、というのだろうか。
節水と書かれた紙を横目に、なかなか馴染めない部屋にこっそりため息を吐いた。
「見せたいというのはそれですね」
彼は楽しそうに目をすがめた。
車椅子に乗った拘束衣の少年は、平々凡々なアパートに不釣り合いな存在だ。サイバネティックな《jungle》の王にはふさわしい外見だけれど。
そもそもな話が、この四畳間だけが浮いている。おそらく、比水流ではなく、もうひとりの王、磐舟天鶏の趣味なのだろう。
そう油断していたら意外に比水流の趣味かもしれない。
まだまだjランカーになって日の浅いなまえは、彼らに打ち明けられた真実に馴染めずにいた。しかしながらそれを《非時院》や《セプター4》に暴露して何かをする気にはなれない。
いや、できない。いや、できないことはない。
なまえはjランカーに上がる過程で、違法なことに手を染めた。情報を流すというのは自分の身が危うくなるということと同義である。しかし、それをもって、自分の身を保証するという条件をつけて尚お釣りが来るほどの魅力のある情報であることは、悟っていた。
でも、そうする気にはなれないのだ。
「そう、やっと買えたんだよ。なかなか良いやつがなくってさ」
そう言いながらなまえはそれを箱から出した。球状に足のついた機械からしっぽのようにプラグが伸びている。それを古びた加工を施された実は業務用向けのスペックを持っているコンセントにさした。
比水流にはあらかじめスペックを伝えてあるので何かしらの調整がされているはずだ。
ここには美顔器みたいな家電を持ち込んでいるメンバーもいるので、多分、家庭用とさほど変わらないと思っても問題ないだろう。
「では、照明を消します」
「おう、任せとけ」
そう言いながらなまえは専用のアプリケーションを確認して、スイッチを押した。このアプリケーションは球状の機械とつながっていて、時間帯や日付を決定することができる。
パチン、と古びた蛍光灯の明かりが落ちる音がして、一瞬遅れて、なまえがもってきたソレが小さな機械音を立てて発光をはじめた。
線状の小さなあかりがこぼれだして、四畳間に星空を生み出した。
それは、家庭用小型プラネタリウムだった。
従来のものとは異なり、ホログラムの技術を取り入れることでよりリアルな星空を再現することができた、とパッケージには書いてあったのだけれど。
「うわっナガレ、なにこれ!? きもちわる」
入ってきたスクナが、声を上げた。なまえもそのキモチワル、という意見には同意だった。
細かすぎる星の粒が、節水という文字を煌々と照らしている。
浮かび上がる昭和風のアパートが不気味にライトアップされていた。
「どうやら、この機器の想定する『室内』というのはもう少し広い部屋のようですね」
比水流はそう分析した。
「……ごめん」
「何がですか」
変なシミまで再現された壁に浮かぶ星座をたどりながら、比水流が首をかしげた。その彼の顔にも星が浮かんでいる。あとからきた五條スクナは奇っ怪な小型プラネタリウムのライトアップに早々と飽きて、そのへんでぶらついているはずの御芍神紫を探して出ていってしまった。
彼の分析通り、四畳間には過剰スペックだった高性能なプラネタリウムの操るアプリケーションを眺めながら、なまえは渋面をつくっている。
比水流はこの秘密基地の外に出ることができない。
そう訊いて、なまえは彼に星空を見せたくなった。
でも、よくよく考えれば、比水流が望めば、この部屋にピッタリのプラネタリウムを作ることだってできてしまう。そして、比水流はコトサカと視界を共有することができる。夜空を眺められないわけではなかったのだ。
「……その、うまく、行かなかったから」
「そうでしょうか」
なまえは「肯定」でも「否定」でもない比水流の言葉に顔を上げた。
「これが『この部屋を星空に』というミッションなら、落第点かもしれません、」
彼は小さく微笑んでいる。彼の瞳に、いくつもの星がキラキラと浮かんで、瞬いていた。
「ですが、俺は今、とても楽しんでいます」
キラキラと輝く瞳。
はじめて見たときから、なんて強い輝きを放つ眼差しだろうと思っていた。
その瞳に浮かぶ星のかけらに、なまえは見惚れた。
パチン、と古風な音とともに、蛍光灯が灯った。窓の向こうはいつものホログラムが戻っている。明るさの変化に目が慣れず、なまえはしばしばする目をこする。
「はいはい、夕食の時間ですよ〜」
「おかえりなさい、イワさん」
外から届けられた物資の入った袋を掲げながら、磐舟天鶏がずかずかと星空に踏み込んで、なまえと比水流の間に立ちふさがる。
チラリ、と睨む保護者の意図を汲んで、なまえは「それじゃ」と撤収にかかる。
磐舟天鶏は、なまえをあまり歓迎していないようだ、ということには気がついていた。
その理由もなまえはなんとなく気がついていた。
「……あら、食べていきなさいよ。ナガレちゃんもそう思うわよね」
どこかですれ違ったのか、スクナを伴っていない御芍神紫がいつのまにか居て、なまえの退路を塞いでいた。
「はい。皆で食べましょう」
してやったりというような御芍神紫の顔に、磐舟天鶏が苦虫を噛み潰したような渋面を一瞬見せてから、取り繕うように笑った。



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