部誌14 | ナノ


朝ぼらけ



この夜は、本当に明けるのだろうか、と、疑うだけの夜だった。
王を失ったことはすぐにわかった。心のよすがであった力が、ある瞬間にふっと消えた。迦具都玄示の遺した力はあまりに大きくて、なまえたちは秩序の王である《青の王》の力を使い、保護した一般人を、負傷した同僚を、力を束ねてなんとか守っている最中だった。
突然消えたサンクトゥムに、統率が乱れた。拮抗していた力はあっという間に赤い力に押し負けた。
なまえは、同僚が、逃げ遅れた一般人が炭になるさまを、ただ見ていることしか出来なかった。ひとり、自分の身を守るだけで精一杯だった。
それが、王を抱かないクランズマンの「精一杯」なのだと、皮肉にも、王を失ったその瞬間に、なまえは実感することになった。

自分の身を守る程度の力を持っていただけだったなまえは、迦具都玄示の炎が落ち着くまで、そこにいることしか出来なかった。
腕を失ってでも、王の元にたどり着けたなら、違っただろうか。戦禍が薄い場所に居たならば、これほどまでの無力を感じることはなかったのだろうか。
なまえには、わからない。
夜は明けた。
消えることのないと思われた火も消えた。
何のことはない、その火を消したのは、大量の海水だった。迦具都玄示の王権暴発によるエネルギーは南関東をまるい形にえぐり取った。衛星写真からもわかるその形は「カグツ・クレーター」と呼ばれることになる。その日、日本地図が書き換わったことは、“ウサギ”がどんなに暗躍しようとも、隠しようのない事実だった。クレーターのふちは海に面していた。そこから、海水がどっと流れ込んで、70万人が生きた土地は海の底に沈んだ。
神話のようだと、なまえは思った。
それから、どれくらいの時間がたっていたのか、わからなかった。なまえは比較的爆心地に近い場所に居た。生存率は、1%を切る。その中で生き延びたひとと、タイムラインのすり合わせができなかった。だれか、生存者が居ないか足を棒にして走り回るなまえをあざ笑うように押し寄せた海の水を、なまえは忘れない。
まだ熱い大地に、干上がりながらも押し寄せた海水の異臭。なまえは、悪あがきのように比較的浅く比較的瓦礫が形を留めていた場所に潜って、生存者を探していた。乱れた水流のなか、生きた人を探していた。
それから、海の中でなまえは、朝日がのぼるさまを見た。
こんな夜も明けるのだ、となまえは思った。
そして、ここで終わりなのだと、なまえは知った。

未だになまえがセプター4に所属している理由を、うまく語ることはできない。《王》を失ったクランは解体されはずだ。セプター4もかくあるべきだというのに、未だに、セプター4は王の代わりに司令代行を戴いて存続している。
70万人と共に、南関東が消えた迦具都事件はこの国を変えた。戦後復興を成し遂げたように、黄金の王は速やかに精力的に活動し、立て直した。その動きの中で、王を持たない異能者の寄せ集めであるセプター4は、体のいい小間使いとして黄金の王の治世に組み込まれていった。

セプター4の綱紀が乱れていることは知っている。活動のなかの正義がもはやひとりよがりであることも、気がついていた。塩津元という指令代行の座につく男がそれをわからないような男ではないことはしっている。
機会がないのだろう、と他人事のようになまえは思っていた。

寒空に、星がきらきらと瞬いている。月のない夜ならば、こんな場所でもそれなりに星は見えるのだ。あれはなんという星だろうか、とよく目を凝らしてみても名前が思い出せないのは理科の教科書で習った星座の名前を忘れてしまったからではなくて、標となる星がみえないだけなのだと、自分を慰めた。暗い星であっても、星座の一部が欠けてしまえばわからなくなってしまうものなのだ。
夜空を見上げるたびに、なまえは、海にのまれる光景を思い出す。こう寒い日ならば尚更だ。何かしなければならない、という切迫感は、日毎薄れていった。
忘れないだろうと思った風景は忘れないまま、身体を焦がす激情が風化していく。こんなふうに、変わることをあのときの自分はわかっていなかった。
セプター4の勤務体制はむちゃくちゃだ。なにしろ、雨の日も嵐の日も、通報があれば飛んでいって制圧しなければならない。異能犯罪を取り締まるということだけがセプター4の存在意義なのだ。
取り締まるだけならば、迦具都事件の後片付けが概ね終わった今、こんな組織を頼らずとも、黄金の王の配下だけで事足りることを、皆、察していた。
そうだ、と思いついてなまえはポケットから端末を出した。セプター4の刻印のない端末を立ち上げると画面がほのかに緑色の光を放った。サクサクと操作して、メッセージアプリを立ち上げる。これは開発中のものだからあまり良いものではないとこれを渡した少年は言っていたが、なまえが今使っている古いセプター4の支給品よりは動きが良い。
なまえは悴む指を動かして、メッセージをおくった。
『あの星の名前が知りたい』
このアプリは本来はもっと大人数に向けて使うものらしい。大人数で使うときは、送信先を指定しなければ知らない人にメッセージを読まれてしまったりする。だけれども、今このアプリを利用しているのはごくごく限られたメンバーだけだ。そういう事情で毎回アプリメンバー全員に向けて一斉送信を利用するなまえに、この端末を渡した人物は「もっと勉強してください」と苦笑交じりに言った。
『ナガレは寝ているぞ』
数分後に送られてきたメッセージもまた、一斉送信だ。なにしろ、相手を指定するのがおじさんには少し難しいのだ。そういうと、少年は「改良します」と前向きに返事した。
物知りで、頼りになる彼は「少年」だ。だから、寝ているのだ、とそんな簡単なことに気がついて、なまえは苦笑した。
『イワさんにはわかる?』
『どれどれ』
写真を添付すると、彼からの返事がつく。少年は寝ているときにはきっちりと通知を切って寝ている。
しばらく前は黄金の王を襲撃した関係で、このように気軽に連絡が取れなかったし、夜も安心して眠れるわけではなかったのだが、最近は落ち着いている。
『画質悪くない?』
『確かに』
あとで報告するわ、と運営目線の返事に、なまえは苦笑した。
『仕事明け?』
そう、送ってくる彼は、同朋だ。
『緊急の出動があった』
『気をつけろよ。よく休め』
なまえは、セプター4という組織を裏切っている。黄金の王を襲撃した犯人と連絡を取り合うことが、裏切りだと言うことを知っていた。
けれども、彼らはなまえに内部情報を流すように要求することはない。端末を持っているだけで情報が収集されている可能性はあるが、なまえが話せば、もっと詳細にわかることもある。
それが、なまえが平気な顔をしてセプター4に所属していられる理由だった。
ねぎらう言葉だけをかけるあの男は、なまえのそういう性質を、よく知っているのだろう。

ふと、白みはじめた空に、なまえは顔を明けた。

『夜明けだ』
なまえはメッセージをおくった。都会の夜空が明るいのではなくて、夜明けが近いから、明るかったのかもしれない、ぼんやりとなまえは思う。
これから昇るだろう朝日を思いながら、なまえはあの日を思い出した。
あの朝日がのぼった日、なまえは彼に出会った。
『日が登ったら写真を送ってくれ』
文字通り地下に潜って活動中の彼らは、その朝日を拝むことは珍しいのだろうか。そう思いながら、なまえはしらみはじめた空に、端末のカメラを向けた。



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