部誌14 | ナノ


捨てられない手紙



いつだったか、誰かにお土産にもらったキーホルダーが手のひらに当たってじゃらんと音を立てた。
多分、学生時代にもらったものだ。よく知らない場所のよく知らないロゴが入ったキーホルダーは手頃なサイズで長く付き合い続けている。
前に住んでいたアパートのときからこのキーホルダーだった。
なんの抵抗もなく鍵がガチャンと開く音がする。この手応えがなまえは好きだった。なにしろ、前に住んでいたアパートの鍵は最低だった。ドアを押し込んで持ち上げないと上手く留め金が掛からない上に、一回、鍵が根本から折れた。鍵屋を呼んで、バカ高い修理費用がこっち持ちになって、大家と大喧嘩になったのも、いまはいい思い出かもしれない。
なまえはリスバレッタの濁った灰色の空を仰ぎながら鍵をポケットにしまった。
鍵代は結局大家持ちにしたが、あの鍵で開かない缶詰の蓋をこじったりしていたのは秘密だ。今の鍵ではしていない。
「ただいま」
快適なワンルームの我が家に向かって挨拶をする。返事がないことは承知の上だが、気分の問題だ。
今日も一日おつかれさま、と自分をねぎらう。大事なことだ。さっさと寝てしまってリセットしたい。バキバキな背中をほぐしながら、灯りをつけて、なまえは顔をしかめた。
誰かがいる。
なまえお気に入りの寝そべることのできるソファーなまえの給料2ヶ月分のお値段だった、この部屋で一番高いソファーに、小汚い服で土足のまま勝手に寝ている男がいる。
もちろん、赤の他人のわけじゃない。なまえが合鍵を預けている相手だ。勿論、親しいけど恋人とかではない。ただの幼馴染。ただの友人と言うには、少し近い。
なまえは死んだらこいつに遺産としてなまえのソファーを相続してやろうと思っている。
なまえは大きくため息を吐いた。
「……ったく、電気くらいつけておけよ」
ボヤきながらなまえはその寝顔を見てやろうと近寄って、男の手にあるものに気がついた。
ひょっと飛び上がって、奪い取ろうとしたのと、男が起きたのは同時だった。
「おっおま、こ、」
「帰ったのか」
寝起きで不利な姿勢のクセに素早い動きでそれを逃した男になまえは飛びかかる。
「くっそ、ダグ、なに人の部屋をっ!勝手に漁ってるんだ?!」
「習い性だ。刑事だからな」
「ウゼェ決め顔すんなボケ!」
お気に入りのソファーが成人男性二人分の体重を受けてギシギシなる。
「くっそこ、この……!」
「……っく、これは、回収させてもらう」
「ふ、っざけんな、返せ!」
やっとのことでなまえはそれを奪い返す。
もともとヨレヨレだったのに更によれよれになったそれを、なまえは用心深く懐にしまう。
刑事という職についた幼馴染は、仏頂面で「痛い」となまえがぶっ叩いた顔を撫でた。
「刑事のくせに盗みなんてするんじゃねぇ」
盗みじゃないとダグが真顔でいった。盗みだろというなまえにまだコレに未練を残してそうなダグが拗ねる。いい年下大人がすねるんじゃないとなまえは内心思う。
「それは、俺のだろ」
「オレのだよ、もう」
「……まだ、持ってたんだな」
急に真面目なトーンで言ったダグに、なまえは少しだけ怯んで「俺の勝手だろ」と言った。
子供の覚えたてみたいな拙い字で綴られた、手紙。黄ばんだ紙は、何かの広告の裏紙を使っている。
内容はくだらない喧嘩の、謝罪。
書いたのはダグ。ずっと昔、ふたりともがガキだった頃のものだ。
どうしてなのか捨てられないまま気恥ずかしくて隠してあったのに。
「……捨てたほうがいいんじゃないか」
多分、書いた本人は恥ずかしがっているのだろう。考えてることがイマイチよくわからない幼馴染の本心を綴った手紙を、なまえは未だに捨てる気になれない。
「……捨てない」
ダグが無言でそっぽを向く。これはまた後日、家探しをするつもりだろう。
絶対に見つけられないところに隠さなければとなまえは決心した。



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