部誌13 | ナノ


隠した恋心



恐らくはそのまるごとに、恋をしたのだ。

長曾我部元親の想いびとであるなまえは、薬師であった。旅から旅、様々なところで薬を売り歩くような、一風変わった相手を好きになるなんて。我ながら理解に苦しむ。

「薬を売りながら、薬草を探し求めているのさ。これがまたなかなか楽しい。旅はいいものだよ、元親さま」

お抱え医師になるよう勧誘する元親に、なまえは笑ってそう返した。言葉は柔らかくても、そこに宿る確かな拒絶を思い出すと、今でも胸がかすかに痛む。

同時に、だから惹かれたのだとも、思う。
なまえは自由だ。自由気ままに振る舞いながらも土佐という土地に縛られている元親にとって、なまえという存在は眩しかった。

元親は、土佐を治める大名である。その土地に生きる人々に支えられ、育てられてここまで生きてきた。彼らに恩返しするためにも、国主として出来る限りのことをしたいと考えている。
けれどふとした時に、どうしようもなく虚しくなることも確かで。
土佐という土地を、そこに住まう人々を愛している。その気持ちに間違いはなかった。けれど、けれどと争う心を持て余していた頃に出会ったのが、なまえなのである。

二人の出会いは戦さ場であった。
相棒の碇槍とともに敵を屠っていた元親だが、配下を守るために身を呈し、重傷を負ってしまったのだ。そこにやってきたのがなまえだ。すぐさま治療に取り掛かり、元親は一命を取り留めた。
目を覚ませば、見知らぬ顔があり、己と彼を囲むように配下たちが見下ろしていた。
死んだと思ったら、生きていた。旅がらすのなまえは、急変があっては大変だからと旅を束の間中断して、元親についてくれていた。その行いに報いようと
お抱え医師にと勧誘すれば、前述のごとく断られたのである。その名を聞けば、島国である土佐を治める元親の耳に届くほどの腕前を持つ薬師そのひとだった。

元親がなまえに惹かれたのは、恐らくはその断り文句を聞いた瞬間である。
その声が、表情が、言葉が。彼を構成するすべてが、自由そのものであるように思えた。
彼を愛おしく思う理由が、彼に備わる自由のかおりにあるかどうか、元親にもわからない。自由気ままに生きる彼を羨ましく思うことも、確かにある。彼の生き方に憧れているのか、彼自身を好いているのかわからないのだ。

ただわかることと言えば、彼には、自由でいてほしかった。ひとところに留まって欲しくなかった。元親が惹かれたままに、なにものにも縛られず、ただあるがままに、生きていてほしかった。

だからこそ、元親は己の心の裡を深く考えることはない。今ある想いを形にしてしまえば、きっとなまえが欲しくなるとわかっているからだ。そばにいてほしいと、共にいてほしいと願ってしまうからだ。
その結果、なまえを土佐という土地に縛りつけてしまうかもしれず、あるいは土佐の国主という身分を放り出してしまうかもしれなかった。どちらにせよ、まったく好ましくない結末である。

「やあ、お久しぶり、元親さま。お元気になさっていましたか」

だからこそ、気まぐれに土佐に立ち寄るなまえを歓迎するだけで、元親は満足する。満足せねばならない。己の心を縛る行為ではあるが、なまえに対するその行いだけは、嫌だとは感じなかった。心を縛るその行いは重く、苦く、そして少しだけ、甘いからだ。

「よお旅がらす。随分とあちこち旅してたみてえだなぁ。お前さんの話をあちこちで聞いたぜ」

「おや、まあ。お恥ずかしい」

擽ったそうなその微笑みさえあれば、どんなことにでもきっと耐えられると元親は思った。
きっとそれは、間違いではなかった。



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