部誌13 | ナノ


隠した恋心



大人になってから、パンイチで正座して説教を食らうことになるとは思わなかった、となまえは思う。
いや、この間も全裸で正座をして、大浴場で説教されたばかりだった気がする。なにしろ、非常にくだらない理由での説教の上に、正座にはなれていてすっかり忘れていた。
今回も、前回も喉が枯れるほどに説教をしている塩津が、あの説教をすっかり忘れていたと知れば、めちゃくちゃ怒るに違いない、となまえは思う。大浴場のときと同じく、隣で説教を聞き流している善条剛毅もおそらく覚えていないだろう。
塩津もこれほど響かない相手に説教とはよくやる、となまえは思う。
たしか、あのときは湯船の上に「力」を使って足場を作り、その上を走れるか、という遊びをしていて、風呂場を壊したところを塩津に見つかって怒られたのだ。
本来、こういう秩序を正すのはリーダーの役目だろうが、あいにくと我らの王である羽張迅は、こういった事柄に寛容だ。
そういった仕事を塩津の仕事だと割り切っているのか、それとも本気で「たいしたことない」と思っているかはなまえには測れない。が、代わりに変わり者の多い隊を仕切る塩津元の負う負担は雪だるま式に増えていく。
警察から転身してきた塩津には、さぞや無法地帯に見えるに違いない。
「聞いているのか!?」
「はぁ」
ピクピクと塩津のこめかみが引き攣った。ストレスが上限に達しそうだ、と思いながらなまえはチラリと横をみた。隣の善条は、心底退屈そうな顔をしている。
「……俺たちは今、非番だろう。何をしようと勝手じゃないのか」
反省の色がひとつも見えない善条になまえはここまで開き直る度胸は無いな、と心を一歩後ろに下げた。
「そういう問題ではない!」
塩津が怒鳴った。
善条のように開き直るつもりはなかったが、なまえの方も今回については自分たちにさほど否はない、と思っていた。

セプター4の中でも、王の右腕である善条と、先鋭として扱われているなまえも、どちらも荒事の多いタスクをこなすことになる。
セプター4は秩序のクランだ。ただ、気が向くままに暴れて、何かを斬ればいいわけではない。剣を振るうにしても、相手を殺さず捕縛しなければならない。
それでも争いごとのなかに身をおくだけで殺気に当てられ、戦いの空気に昂ぶる。それを、完全燃焼させることなく任務を終えることなどザラになる。
戦場で全力を尽くすというのは、剣士にとって死を意味する。少なくとも、なまえが身につけた剣術ではそうだった。
羽張はそれを汲んで、好き勝手にさせてくれる。でも、とことんまで、煉獄舎でもない相手にやるのは市民への見栄えも悪い。どうしてもある程度のセーブが必要になる。それゆえ、根っからの武闘派で、なおかつ体力があって若いなまえや善条には発散の場所が必要になった。
はじめは、打ち合いの稽古だったが、剣術家として天才である善条となまえが互角に発散できるほどに打ち合えるはずもなく、善条の相手をできるだろう羽張には、発散しなければならないほどの気はないようだった。
結果として、身体を重ねればいい、という話になった。
大体が、盛ったそのときに近くの空いている部屋や、人気のない場所を選んで、なまえと善条は、体力が尽きるまでお互いを貪り合うことになった。
それで仕事に支障が出たことはないし、困ったことは起こしていないし、むしろ、ほかへの器物損壊的な被害は減ったはずなのだが、今回は間が悪かった。
なまえも善条も気配に敏いので、人に見つかったことはないのだが、今回、偶然にも現場を塩津におさえられた。
少し、夢中になりすぎていたのだろう。不覚だ。
そういうわけで、なまえと善条は一応パンツだけは履いて塩津に説教をされている。今回のテーマは風紀だ。

「じゃあ、これからはどっちかの部屋ですればいいのか」
「……そういう、問題じゃ」
「自室でやるならプライベート、ということだろう。他でやるのは問題があるってことじゃあないのか」
「……いや、屯所の風紀が」
「生理的な欲求だ。普通のことじゃないのか」
「……いや、」
セックスの現場をおさえられたというのに、善条が押している。大抵は器物破損という大義名分があるため塩津が圧勝だが、今回はそれがないために善条が優勢だった。どう考えても、なまえは自分たちが悪いと思っているのだが、善条は恥じらいという言葉を知らないようだった。
「……まぁ、いい……、次からは、自室で鍵をかけてやるように」
塩津が折れた。それから羽張が呼んでいた、と善条に告げる。ここを探せばいいと指摘したのが羽張であったらしい。
羽張がどこまで自分たちの関係のことを知っているかはわからないが、なるほど羽張ならあり得る、となまえは思う。
「……羽張かぁ」
善条も納得した様子でいそいそと服を着はじめた。長く正座していたにもかかわらず、足取りは軽い。なまえもそうだが、善条も正座にはなれていて、長時間正座しても足が痺れないコツを心得ていた。シャワーを浴びてから行く、と塩津に言ってから、薄暗い空き部屋を善条は出ていった。
空が薄明るい。異能事件の収束はたしか、午前2時ころだったか。もう、日が昇るな、となまえがぼやりと考えた。
「……アイツのことはわからないが、お前の方は……ああくそ、なんで俺がこんなことを言わなきゃならんのだ」
頭をぐしゃぐしゃとしながら塩津が苛立って舌打ちをする。その怒りの原因に、なまえは心当たりがあった。
「若気の至りってことで」
「……ちげぇよ、」
いつになく汚い言葉で、塩津は低く吐き捨てる。
「お前、アイツに惚れてるだろ」
「……あれ、いつから気がついてましたか」
「さっきまで、わからなかったよ。できれば知りたくなかったけどな」
塩津は眉間のシワを深くして、鋭い目を向けたままなまえに行った。付け足されたボヤキに、見てみぬふりをしていてくれればよかったのに、と勝手なことを思った。
情事の最中の顔を見られたのだ。なるほど。30にもなって独身の唐変木だと思っていたが、そういう感情には敏いらしい。塩津はもてないわけではないことをなまえはしっている。彼のプライベートは気になったが、そこに踏み込むことはしない。
「……善条には、言わないでくださいよ」
「誰が言うか。……そこまで、ひどいことができると思うか」
「俺の失恋を前提に言ってますか?」
「それ以外に、あると思うか」
ないなぁ、となまえは口の中でつぶやいた。
おそらく、今の関係もなにもかも、なくなるだろう。なまえは自分の感情が善条にとって疎ましいものになることを知っていた。
「……ひどいな」
なまえのつぶやきに、塩津はこたえなかった。
そういえば、説教の最中に「男同士で」という詰りは聞かなかったな、と思い出しながら、ため息を吐く。よくできた副官だ。だから、羽張は塩津を寄越したのだろう、とも思った。
夜が明けていく。
空が、深い青から、赤に変わる。なまえは、その後に見える青空に思いを馳せた。



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