部誌13 | ナノ


隠した恋心



 愛する人。
 貴女が私の愛を受け取り受け入れる日が永遠に訪れないとして、私は貴女を愛するだろう。自らを救おうつもりのない人類の一人残らずを私が愛し、救わんとすると同じように。
 貴女が日頃飽きもせず私へ語り謳い続ける愛なるもののどれほど虚ろで欺瞞に満ち溢れたことか。偶像たる人型へ愛を向けることの独りよがりな自己愛よ。されど私がそれに不平を連ねることはなく、責めることもないだろう。天草四郎とは救世主たる偶像への御名で、俺は生前それへと成った。そうして天草四郎として今ここに現れているのだから、そうした空虚な愛情と敬意こそ己が受けるべき信仰だ。不満などあるはずもない。
 貴女の愛が自己愛でない、真に私を想うものであるのなら、貴女は私の向ける愛情をなにより至上の幸福と、歓喜し、涙し、世界のなによりも貴重なものと、大切に、丁重に、真綿へくるむように受け取り柔らかく微笑んだことだろう。私とて、貴女を愛してでもいなければ、何千もの真紅の薔薇の花びらを煮詰めて甘いジャムになどせぬし、親密さへの祝いに寸分の狂いもない温度調節によって蕩かして照りを出したチョコレートを薔薇のジャムの敷かれたスポンジの上へ隙なく完璧にコーティングしたケーキなど用意しまい。本来であれば正しいマスターたる縞島へと捧げるのが筋であろう、生前島原の地で掲げた旗を与えなどするはずもない。そうした私の行いのすべてを無視してあの人は、俺があの人を愛していないなどと言う。そう口にして訴えられたわけではないが、そのようなこと、目を見ればわかる。あの人が時折俺へと向ける、あの冷ややかな目。それがなにより強く俺の愛への不信と、不要とを表していた。あの人は私を愛していない。私の愛を受け取らぬのだから。ただ己が人を、人のある姿をそのようであると定義して、その都合のいい偶像へと身勝手に愛を向け、そうした稚気に塗れたままごとの如き戯れを、愛情と呼んでみせる。なんと愚かで独りよがりで、迷惑なことだろう。そうした遊びに私の感情は不要であって、対象へ人間性など求めていない。私が誰であれ、なにであれ、あの人には関係ない。ただ私があの人の求めに応える、あの人の言う愛を受ける、望み通りの人形であれば十分なのだ。返される愛情など望んでいない、受け入れない、認めることはありえない。それが愛と呼べるだろうか。私は貴女を愛し、加護たる貴女の愛を求めている。力を求めている。願いへ指先が届くための後押しを。足がかりを。
 我々の関係は協力者として十全にあるに越したことはないが、そうでなくとも目的の達成にはさして問題なく、障害たり得ない。むしろ関係の構築に腐心して、目指すべき究極たるこの世全ての善へと至れなくては本末転倒だ。あくまで私の目指すべき大局とは第三魔法・天の杯でありあの人と愛を育むことではない。それはくだらぬおまけのような、余興に過ぎぬ小局だ。
 今回カルデアにて人理修復のための走狗の一体として現界してからこちら、この世界はいつでも得体の知れぬ、あの人のものだろう魔力のような力で満ちている。あるいは神代に世を満たしていたという神秘や、エーテルとはこのようなものであったのだろうか。彼女と魔術経路を繋いだ今、私はそれを無限のリソースとして行使することができる。この力はきっと私を夢へと導くだろう。
 無為なほど広すぎるベッドの上、暗闇に満たされた部屋の中で、隣に眠るその人の剥き出しの肩に触れる。その肌の、薄い皮膚の下にはすべての人と同じに醜き肉とどす黒い血が流れ、同時に世界を薄く覆うものと同じ、私のためだけの果てなき唯一の力が、噎せ返るほど濃密に満たしている。その肌に触れ、私のための力に満ち満ちた裡へと入る。粘膜と体液の接触によって魔術回路が繋がり絡み合い貴女の力が私の裡へと注がれる。これが愛による接触でなければなんなのか。わたしは貴女の与える力を十全に受け取って、目指すべき場所へと至る。そのためであれば喜んで貴女を使い尽くそう。肌へ触れ、口づけ、情人のように交接しよう。今夜のように、貴女へ完璧に愛を成そう。貴女の望む通りに。だと言うのに、私が愛を施す間、この人はじっと耐え、時が過ぎるのを待つように顔を背けていた。私の愛も施しも私自身も、けして受け取らぬと拒むように。
 けれど私は恨むまい。愛する人。我が悲願を叶えてくれる人。貴女が私の願いへ協力してくれている限り、私は貴女と共に在り、貴女を愛するだろう。貴女が私の愛を受け取り受け入れる日が、私に喰らわれる最期の日まで、けして訪れないのだとしても。



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