部誌13 | ナノ


隠した恋心

オリジナル



広い大きな部屋の中に、大きなベッドがひとつある。
そこに痩せ細った体の、色黒の男が眠っていた。
誰にも言っていない、僕の秘密。
たぶん、死ぬまで誰にも言わないままだと思う。
決して叶う事のないこの想い。

大嫌いなヒトの姿で大嫌いなヒトの姿の彼の唇に僕の唇を重ねる。

「ねぇ、ひまだし、昔話でもしよっか」

そう言って僕は彼に抱き付いて話し出す。
僕と彼が出会った頃の物語。



僕らはニンゲンとおんなじ姿になることができる、羊のヒト族。
ニンゲンの国の中にある大きな森でぼくたち兄弟は生きていた。
ヒト族って言ったって、普段森で暮らすには羊の姿のままの方が便利だから、大抵は本来の姿のまま生きていた。

この森には特に僕らにとって天敵になるような生き物はいなくて、居たのは鳥達やリスや鼠たちだけだった。
僕らはそれぞれの縄張りの中ではあったけれど、平和に暮らしてた。
なのに、悪いニンゲンが現れて、邪魔だからと森の木を切りはじめた。
最初はニンゲンに近付かないようにするだけで困らなかったんだけれど、だんだん住むところが無くなってきて、縄張りが狭くなってきた。
そうするとみんなピリピリしてきて、争いが増えてきた。前まで仲の良かった生き物ですら、仲違いするようになってしまった。
それが僕は悲しくて、ただみんな仲良く暮らしたいだけなのに、どうしてニンゲンはこんな事をするんだろうって思ってた。
こんなニンゲン達にはなりたくないって思ってた。
ヒト族であることがとてもとても嫌になっていった。
だけど、森はどんどん狭くなって、鳥達はどこかへ引っ越していき、残った小さな生き物達はともかく、僕たち羊は森では生きることが難しくなってきた。

そんなある日、兄が言った。

「ニンゲンの国に行って暮らそう。ここは僕らが生きてくにはもう小さすぎる。僕らはヒト族だから、ニンゲンの国でも生きていけるから」

とてもとても嫌だった。
ニンゲンになんて、ヒトの姿になんてなりたくなかった。
だけど生きていけなくなるのもとても嫌だったから、わがままなのはわかっていたけど、羊のままでニンゲンの国に行きたいと言った。

「その姿じゃ、ニンゲンの国では生きてはいけないよ」
「どうして」
「この国の王様はヒトの姿をしていない生き物は嫌いなんだって」

後から知ったことだけど、この時代の国王は人間がどの生き物よりも秀でていると本気で思っていたらしい。
だから人間が、自分が操る軍隊が、どんな事をしても何も感じていなかったらしい。
僕らの森の生き物たちのことなど、そもそも何も考えていなかったらしい。

「ねぇお願い、一緒に来てほしいんだ。君と離れ離れは嫌だもの」
「僕も離れ離れはいや・・・だから、がまんする」

それからニンゲンの国、花の国というこの国で生きることを決めた。
花の国の端っこ、住んでいた森に出来るだけ近い町に住むことにした。
羊のヒト族だと知られないように、あまりニンゲンと関わることもしなかった。
ただ、この国で生きるためには仕事というものをしなくてはならない。
若い事もあってか、それ自体はすぐ見つけることができた。
だけど、それも生きる事が出来る最低限にして、ひっそりと生きていた。
ヒトの姿で生きることはやっぱり嫌だったけれど、大好きな兄弟と暮らせる事は幸せだった。
だけど、花の国の国王の悪い噂は日に日に強まっていた。
本当のニンゲン達の中にも国王に反発している人が増えているのが分かった。
そして、嫌な噂を聞いた。

「ねぇ、明日久しぶりに森に行ってみない?」
「森に?」
「この姿のままでだけど、少し気になって」
「お買い物の時に聞いた、話?」

最近、森の木を切るのをやめていたから、もう興味を失くしているものだと思っていたのに。
あの森を数日中に燃やしてしまうなどという噂を聞いたのだ。
それが本当ならば僕らにとって一大事だ。
大切な故郷、そして仲違いをしたとはいえ、もともとは大事な仲間がまだ、たくさんいる。

「心配だし、もし本当なら何か出来ること、あるかもしれない」
「・・・うん、行く」

翌日。
朝起きたら、もう事は起きていた。
森の方から煙が見える。

僕たちは寝間着のまま、森へと走った。
燃える森に飛び込み、逃げ惑う生き物たちを森の外へと誘導する。
出来るだけ、助けたい。
僕たちのわがままで森を出てまたこんな事をして、意味があるのかどうかなんて判らないけれど、とにかく必死だった。
そして、気付いた時には炎に囲まれていた。

「あー、これ出口、ないね」
「どうするの」
「んーまぁ走るしか、ないかな」
「じゃあ、行こうか」

その言葉と同時に僕らは炎の中に走り始める。
熱くて熱くて、それでも生きたくて走った。
思っていたより早く外が見えてきて、本当に故郷の森が小さくなっていた事を思い知らされる。
外に飛び出た所で、兄の方を見ると、彼の頭が燻っていた。

「・・・ッ!」
「だっ・・・だいじょ・・」

瞬間、花の国のものとは違う軍服らしきものを着たニンゲンがどこからともなく飛び出てきて、上着を兄にかぶせてばさばさと消してくれようとしているみたいだった。
色黒で、少し長いこげ茶の髪の、男。
40代あたりだろうか、怒気のこもった声で心配してくれている。

「大丈夫か!馬鹿な事をして!」
「あたたっ、いやちょっ、いたっ・・・み、みてた?」
「詳細は省くが見ていた!死ぬ気か!」
「いやぁ、まぁ、最悪それでもいいかなーなんて」
「馬鹿者が!それに貴様らヒト族だろう!こんな国でよく生きてるもんだ!」

男のその言葉に僕らは真っ青になる。
この花の国でヒト族と気付かれれば生きてはいけない。
他の国へと逃げることも、出来るはずがないのに。

「そっちの気弱そうな方!心配するな、私は隣の国の者だよ」
「となり?えっと」
「海の国だよ、うちはヒト族だろうが何だろうが、差別などしない。それに私だが、熊のヒト族だよ」
「・・・」

僕の所に男はやってきて、よしよしと頭をなでてくれた。
見上げると、男はとっても優しい顔をしていた。
本当に穏やかな顔をしていて、海の国で生きている人はこんなに幸せそうな顔をして生きているんだろうかと思った。
素敵だなって、思った。

「ねぇ、僕らもそっちに行きたい」
「今はこっちも少々ごたついててね、でももうすぐ奴らは終わる、今のこの国も。そうだな、その時には迎えに来てやるよ、一緒においで」
「・・・いいの?」
「あぁ、いいよ、おいで」

また彼は優しく僕と兄の頭をなでてくれ、ぎゅっと抱き寄せてくれた。

「今までよく耐えたな、もうすぐだから」
「待ってるね」
「俺も、待ってていいの?」
「待ってろ待ってろ、ちゃんとお前ら迎えに行ってやる」

何度見ても優しい顔で、彼がいつ迎えに来てくれるんだろうとワクワクした。
それから一か月ほど後に、花の国は大混乱に陥る事になる。
そして僕らは新しい花の国を動かすことになる人たちの仲間入りを果たすことになった。
その中にはあの彼もいて、毎日楽しくて仕方がなかった。

本当に、楽しかった。



今はもう喋ることもなく、ほとんど眠っている大好きな彼。
時々、目を開けているけれど、僕を見てくれることはない。
どこか遠くを見ているだけ。

「あなたがどんなふうになっちゃっても、僕はあなたが大好きだよ」

これだけは兄にも言っていない秘密。
恋人のいる彼を、心の底から。

「だいすき、あいしてる」



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