赤は偽らざる
「悪い、色が同じだから間違った」
空閑遊真がそのひとのことを知ったのは、林藤支部長の一言があったから、だった。
謝る彼の言葉に、遊真は自分と同じような色合いの人間がいることを知ったのだ。
「ふむ」
自分の前髪をつまみながら、ぶらぶらと本部をぶらつく。
玄界に来た当初、遊真の髪色は色んな人間に驚かれたものだった。玄界の、ニホンというこの国では、黒髪黒目が圧倒的多数だからだ。中には勿論色素の薄い人間もいれば、加齢による白髪や自分の好きな色に染色した人間もいる。けれど遊真の外見年齢で白髪の人間は極めて少なかった。
もしかして、と思わなかったといえば嘘になる。もしかしてそいつも、自分と同じように近界から訪れたのでは? もしかして、遊真と同じように、ブラックトリガーで命を繋いでいるのでは?
遊真がこのニホンにやってきたのは、ブラックトリガーから父親を生き返らせる方法だ。その方法がここにはないと、信頼のおける人間に教えられたとしても、それでも。希望を見出してしまうのは、仕方のないことだと思う。少しでも何か情報があればいい。なかったとしても、確認もしないで放っておけるほど悠長ではなかった。
かといって、情報がないのも確かで。
同じ色合いの人間がいる、という事実に興味を示した遊真に、林藤支部長は何も教えてくれなかった。面白そうににやついて、精々頑張って探せ、なんて言葉ひとつでその場を去った。実に大人げない。けれど追いすがって聞き出すほどのことでもない。遊真は自分の容姿が目立つ者であることを知っている。同様にその人物も目立つだろうから、そのうち見つかるだろう、と安直に考えていた。
けれど、である。
探せども探せども、件の人物が一向に見つからない。顔見知りに問いかけても、首を傾げるばかりである。林藤支部長が嘘を吐いたという訳ではないのは、遊真のサイドエフェクトのお蔭で判っている。では、何故見つからないのか。
今、ボーダーは遠征に誰かを派遣している訳ではないらしい。スカウト組にはいない、と面白がっている林藤支部長に教えられた。訓練室で出会う面々も知らない、とくれば、訓練室か、上層部の人間か。しかし上層部の人間であれば、遊真が近界民とばれた時、顔を合わせていてもよさそうだ。
「おっと、髪を染めている可能性も捨てきれないぞ」
むむむ、と考え込む遊真がふと気づいた時には、人気のない場所に来てしまっていた。室内にも関わらず、庭がある。穏やかな日差しは、恐らくは人工灯だ。造られた自然空間は違和感なくはまり込んでいて、遊真は一時考えていたことを忘れてその庭に見入ってしまっていた。
その庭に独り、佇む人物がいた。室内だというのに長袖のパーカーを着て、フードを目深にかぶっている。ヒュースみたいだ、なんて思いながら遊真は彼から目を離せずにいた。
「あれ」
男性にしては、少しだけ高い声。こちらに気付いた彼は、その赤い瞳に、遊真の姿を映しだした。
「僕――君のことを知ってるよ。空閑、遊真くん」
フードが外される。美しいプラチナブロンドが、人工の光を受けて煌めく。
同じなのに、同じじゃない。
美しいそのひとは、遊真と同じ、赤い瞳をしていた。
みょうじなまえと名乗ったそのひとは、開発室に所属する人間らしかった。普段は提携している大学に通っていて、開発室と大学の研究室の連絡役をしているのだという。もっぱらテレビ電話などで会議をしているから、ボーダー本部に来ることはあまりないのだと笑った。
「なんだか、ヘンなかんじだ」
「僕もだよ。まさか、同じ色をしたひとに出会えるとは思ってもみなかった」
備え付けのベンチに座り、なまえから与えられたペットボトルに口をつける。自販機で購入したばかりのそれは冷たく、自分で思っていた以上に喉が渇いていたらしい遊真の喉を潤した。
「なまえサンは、生まれつきなの?」
「そうだよ。アルビノってわかるかな。先天性白皮症――ま、名前なんてどうでもいいか。色素を作ることができない体なんだよ。空閑くんは?」
「へえ……おれは後天的かな。元々は黒かったんだ」
「何某かの理由で白髪になることはあっても、後天的で瞳まで赤くなるものかな? トリオンの関係なのかな……」
まじまじと横に座る遊真を見下ろし、なまえは無意識に呟いているようだった。研究職の人間というのは、こうも自分の考えに没頭するものなのだろうか。
なまえの手が伸びて、遊真の頬に触れる。目の下の皮膚を親指でぐいと下に引かれる。眼球をまじまじと見入るなまえは、どう考えても変なヒトであったが、彼から敵意は見つからなかったので遊真はされるがままでいた。なまえは見るからに非戦闘員で、いざとなれば遊真の方が先に動き出せるだろうことは明白だった。
あらゆる角度から観察して満足したのか、頬から手を離したなまえは、遊真へと向き直った。
「空閑くんは、日の光が苦手だったり、視力が悪かったりする?」
「いや? ないな。なまえサンはあるのか?」
「そっか……僕はあるよ。だからこんなもの着てる訳だし」
そう言ってなまえがつまんだのは、パーカーの裾だった。UVカット機能がついているらしく、日焼け止めやこれがないと火傷してしまうのだと残念そうに語る。
「肌も目も紫外線に弱いから、夏でもパーカーや日傘必須だし、冬でもサングラスをかけないといけない。なかなか大変だよ」
「そうなのか」
「そうなのだ。だから本来はあんまり推奨されないんだけど、たまに換装させてもらってる。私用のときでも」
私物化しちゃだめなんだけどねえ、と苦笑するなまえに、遊真はぱちくりと目を瞬かせた。
「なまえさん、今も換装体だろう?」
「……君のサイドエフェクト、改めて体験すると便利だなあ……」
君には嘘はつけないね。
そう笑ったなまえの笑顔は美しく、遊真は数瞬見とれた。
同じ色をもつ者同士の、これが初の邂逅だった。
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