部誌13 | ナノ


赤は偽らざる



赤い炎が、地表を舐める。この地に建っていた営みのすべては、はじめの爆風が吹き飛ばしてしまった。
荒れ狂う炎は、未だに地表を削り、残る瓦礫を粉塵に返す。
迦具土はこの地を呪い、そして、去った。
迦具土玄示の衝動が、呪いと呼べるほどに、この地に、この上に生きた人々への執着に由来していたか、善条には興味がなかった。
おそらくなかっただろう。
迦具土玄示にあったのは破壊衝動だけだ。
それが、迦具土玄示という《王》なのだと、善条の《王》は言った。
破壊の象徴のような、灼熱のエネルギーを遺して、《赤の王》迦具土玄示は死んだ。
置き土産というにはあまりにも禍々しく、もたらした被害は甚大にすぎる破壊の中心に、善条剛毅はただひとり、立ち尽くしていた。
ただ、ひとりきりで。
先程まで隣にあった、羽張はもう居ない。
クランズマンを鼓舞する《青の王》のサンクトゥムは羽張迅の「死」とともに、消え失せた。
加護を失った善条剛毅の秩序の異能はその身体を辛うじて自身の身体を守っている。それは善条にとって呼吸に等しい動作だった。
防御本能。獣のように、危険から身を守る反射だ。
重ねられていた羽張の守護はなくし、ジリジリと削られるフィールドを、残された力をふり絞って強化する。
羽張迅が、運命をともにすると決めた《王》が遺した言葉の意味を、反芻する時間が欲しかった。
返り血の鉄の匂いに、焦げる匂いが混じる。
セプター4は、治安維持のための組織だ。善条の剣は長らく血を吸っていない。峰打ちで事足りていた。
それに充足を感じていた。
頭から浴びた生暖かい返り血が滴り落ちる。
失った腕の傷も、顔面の切り傷すらも、ひどく些細で遠かった。
主の背中を、覚えている。
善条が認めた剣の腕。強い男だった。《王》だった。彼のために死ぬのだと、善条は決めていた。
手のひらに残る、骨を、肉を絶つ感触は、なにひとつ特別なものではなかった。
本能に任せて剣を振ることは、善条にとっては至極普通の事だった。
『それでいい』
耳に残った言葉が反響する。自身の死を前に、穏やかで、ひどく高揚してすらいた胸に、落ちていく。
それが自然のことなのだと言わんばかりに、防御を失い瓦礫と同じように燃え尽きていく微笑みが、瞳の裏に焼き付いていた。


「善条、腕は………、いや、羽張は」
塩津元の、仲間のもとに善条はどのようにして辿り着いたのか覚えていない。
《王》の死を、その身に宿る力の喪失を感じているだろう塩津は、確かめるように問う。
青褪めた顔の塩津に善条は声を詰まらせた。
「……迦具土玄示は、死んだ」
ダモクレス・ダウンが引き起こした惨状を前に、改めてそれを伝えるのはおかしなことだった。
「羽張も、死んだ」
わかりきった事実の確認に、塩津の顔がさらに蒼くなった。
「……遺体は」
固い声が、疑りを未だに含んでいた。羽張の直感を信じきれていなかった塩津が、彼の死を己の目で見るまで信じられないことは至極自然のようで、皮肉であるようだった。
「……これだけだ」
善条は抜身の剣を見せた。
特別仕様の大太刀が、赤く、鈍く光っていた。
塩津の瞳が揺れる。
「これは」
喉から絞り出されるような塩津の声に、後ろめたさを覚えた。
羽張が望んだことだと、言い訳を重ねることを、説明を、どう言えばいいかわからなかった。
善条の意志ではなかった。善条はこの国と、主とともに滅ぶことを良しとしていた。それを真面目なこの男に告げることもできなかった。
「羽張のものだ」
息を呑む音がした。俺が斬った、と言葉にすることを避けた。塩津が汲んでくれることにだけ期待して。
「……そう、か」
憔悴しきった声で、塩津が言った。傷の手当をと言われて、羽張の血だと重ねた善条に、塩津が困惑したように腕のことをたずねた。
「ああ、これか」
片腕がないことよりも大きな喪失にのまれた善条に、塩津は「……手当てがおわり次第報告を」と、事務的に述べて、現場指揮の動乱の中に戻っていった。
何万人が死んだのか、善条にはわからない。
実感もない。
この世の終わりのような荒野に感慨もない。
塩津ならばこんな光景の中でも次を堅実に積み重ねることができることを善条は、わかっていた気がした。
わかっていたことを、確認する。
羽張も、わかっていただろうか。顔に張り付いた返り血がばりと剥がれて落ちた。
その赤を眺めながら、善条は、わからない、とつぶやいた。



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