部誌13 | ナノ


真夏の酷寒



ザップ・レンフロは、他称としてクズである。
女癖は悪く、金に汚く、意地も汚い。真っ当な人間であれば、避けて通るような人間だ。
それでも彼には斗流という能力があり、世界を救う戦いをしているひとりである。人間性といったものはないようであったりするものだから、憎み切れないクズなのだ。
そんな彼に、大事な人間を紹介したいと思うだろうか。


「思わないから、避けてたんだがなあ……」

思わずスティーブン・A・スターフェイズはそう呟いていた。
目の前にはぶすくれてふてくされて拗ねまくっている銀髪の成人済みクズ系男子だ。全然可愛くない。すごく可愛くない。むしろ面倒くさいしうざいから視界から消えて欲しい。
ザップは仲間だし、信用はしていないが信頼はしている。彼も馬鹿だが悪い人間じゃない。言葉を尽くせばわかってくれることもある。逆に言えば、言葉を尽くしても理解してくれないこともあるから、避けていたのである。
これが百戦錬磨の強いひとであったなら、スティーブンも避けることもなく紹介しただろう。しかしスティーブンがライブラの面々に紹介したかったのは、世間に出たこともない、無垢な子供なのである。そんな子供に人間の悪いところを詰めたような人物を会わせたがる奴がいるのだろうか。
答えは否。会わせるのであれば、もう少し世間慣れしてから……そう判断したスティーブンを誰にも責められないはずだ。何ならドブの汚物を見るような顔でこちらを見ていたK・Kも納得してくれたのだから。

スティーブンがザップを抜いたライブラの仲間たちに紹介していたのは、スティーブンの養い子であり、最近恋人にもなったなまえという子供である。諸々の経緯で以て恋人という関係になったのだが、過去のスティーブンのトラウマやなんやかんやあったことまで話す気になれなかったので、K・Kからクズでも見るような目で見られている。
自分でも未成年の子供に手を出してしまった事実を悔いているので、その視線は甘んじて受け入れる所存である。あまりの落ち込みっぷりに、なまえがフォローしてくれたのがこれまた情けない。頼りがいのある大人になれていたはずなのに、一番大事なところでこれなのだから、自分で自分が情けない。

なまえのフォローにK・Kの視線も少し緩み、穏やかにお茶会など開いていた矢先のザップの襲撃である。大人げなく「仲間外れいくない!」と叫んで場に乱入し、その天才的な才能で以て大暴れし、上司であるクラウス・V・ラインヘルツに拘束され、簀巻き状態で床でじたばた身悶えながらひたすらに放送禁止用語込みで罵倒しまくっている。そっとなまえの耳を塞いでくれたツェッドには感謝しかない。こんな人間に誰が会わせたいと思うのだろうか。
いや、悪いやつではないのだ。それはスティーブンも判っている。判っていてもそれでも躊躇い、熟慮のうえ会わせないと選択したのである。何故と言われたら、今の現状で察して欲しい。お前がそういう人間だからだよ、と。

「番頭のクソクソ……俺だけ仲間外れにしやがって……」

「あーあー、そうだな、仲間外れにして悪かったよ! でもそれはお前のせいでもあるんだからな!?」

「仲間外れを正当化してるんじゃねーですよ!」

「お前が! 品行方正な人間なら! 紹介していたとも!」

「俺ほどヒンコーホーケーな人間この世にいねえっすよ!」

「うるさい喋る下品人間! 品行方正って文字辞書で引いてこい!」

一発殴りたいところではあるが、相手は無抵抗なミノムシ人間である。それではフェアではないな、と握った拳を引っ込める。それぐらいの忍耐力はあるのだ。
一言喋ればこんな調子だから、会わせることを躊躇したのだ。誰だって好きなひとにはよく思われたい。仕事仲間に紹介するなら、ひとを選んでも仕方がないだろう。この場にいるクラウスも、K・Kも、レオも、ツェッドも、ギルベルトも、誘ったが断られてしまったチェインも。人間性はしっかりした、誇れる仲間たちだ。ザップもまあ誇れる仲間ではあるのだが、こういうものは日頃の言動がものを言う。会わせるにしてもワンクッション置きたい。そう判断した結果がこれなので、溜息しか出ない。どうしろってんだこんちくしょう。

「ふふ」

背後で聞こえた笑い声に、スティーブンは思わず振り返った。そこには可愛らしい年下の恋人は堪えきれないとばかりに微笑んでいた。

「スティーブンさんのお仕事仲間のひとは、とても楽しい方なんですね」

クスクスと笑うその様子はとても可憐だ。両性具有でもあるなまえは、まだ性を固定しておらず、ユニセックスな服を着ている。男女どちらでも着れそうな服に身を包んではいるが、その美しい容貌から、女性と思われることが多い。スティーブンに抱かれるようになってからというもの、女性的な美しさがいや増すようになってきている――

「スカーフェイス?」

K・Kの教育指導を思わせるような声音に我に帰る。危ない。変な思考に支配されまくっていた。諸事情によりセカンド・バージンならぬセカンド・童貞だったスティーブンである。最近復活した性欲により、頭が馬鹿になっている自覚がある。これではザップのことをとやかく言えない。気をつけねば。
ありがとう、とK・Kに感謝の意を伝えつつ、なまえに視線を向けると、ニコリと微笑まれた。あれ、なんだか少し寒い。霧に包まれたヘルサレムズ・ロットとはいえ、最近暑くなってきたと感じていたのに。

首を傾げながらなまえの元へと足を進める。ついでにザップの様子を窺えば、頬を赤く染めてなまえに見入っていた。嫌な予感しかしない。

「イイ……」

うっとりとした声に怖気しか出ない。思わずザップの視界に映すまいとなまえを背中の後ろに隠す。だから嫌だったんだ。ザップの女癖の悪さは尋常じゃない。二股・三股は当たり前、乱交だってばっちこいの人間である。相手をするのは娼婦ばかりだが、娼婦以外に声をかけているのも知っている。

「なあなあ、アンタ名前は? どこ住み? 番頭とどんな関係?」

「ザーップ。やめろ。この子は僕の恋人だ」

「えー!? 独り占めずるくないっすか? 俺にもコナかけるくらいさせてくださいよ!」

「ずるくない全くずるくない」

ほら見ろ、こんなことになる。こういうやりとりが予想できていたからこそ、ザップには会わせたくなかったのだ。
思わず額に手をやりながらザップに言葉を返す。なんだか頭痛がしてきた。中身が幼児の相手は疲れる。

「ずーりーいー! 俺だって美少女といちゃいちゃしたりセックスしたりしたいー! なあアンタ、番頭なんて捨てて俺とどう!? 俺のが年齢も釣り合うしイイ男だしテクだってすげえぜ!?」

すぐに言葉を返さなかったのは、図星だからだ。
スティーブンは最近まで性的不能で、テクがあるとは言えないし、年齢も倍以上の差がある。なまえのような年齢の子供がいてもおかしくない。なまえに相応しい人間であるかの自信なんてなかった。

「ザップ、殺されたいのか?」

「えっ、やだな。冗談っすよスターフェイズさん!」

痛いところを突かれたもので、思わず声が低くなる。それでもなまえを手放せないのだと、スティーブンは自覚していた。
一歩、前に進み出る。大人げないと判っていても、それでも。
決して譲れないものが、スティーブンにはあるのだ。

クラウスがスティーブンを諌めようとしてか、口を開いたと、恐らく同時。
激情を潜ませたかのような声が、部屋に響いた。

「うるさいですよ、この―――――」

突然耳に入ってきた罵倒語に、スティーブンだけでなく、クラウスも固まる。恐ろしいことにそれはスティーブンの背後から発されていた。

「え、なまえ?」

「さっきから黙って聞いていればいい気になってくださって。あなたなんか――――」

「えっ、ちょ、待っ」

「スティーブンさんうるさいです。いいこだから後ろにさがっていてください。そもそもあなたは―――」

一体どこにその語彙力を隠していたんだ?
耳を覆いたくなるような下劣で品のない罵倒語に、スティーブンは頭を抱えた。そうだった。無垢だと思っていたけど、このこは人身売買組織で売り出される一歩手前の子供で、その直前まではあの組織で生きてきたんだ……あのような組織で、品行方正で言葉遣いが綺麗な人間を探す方が難しい。影響を受けるなという方が無理だ。日頃の口調がおとりとして穏やかなせいで気付けなかった。

尽きない罵詈雑言に白目を剥いて泡を噴いているザップを横目に、スティーブンは真夏だというのに寒さを感じ、肌を擦りながらあさっての方向を見つめた。

なまえには逆らわないでいよう。

二人の力関係が決定した瞬間であった。



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