部誌13 | ナノ


しらたま



好きで好きで仕方なかったひとと、晴れて恋人になれた。
嬉しくてたまらなくて、キスひとつで舞い上がってしまうおれを微笑ましそうに見る姿に、ほんとにこれで大丈夫なのかと一抹の不安がない訳では、なかったけど。
それでも、幸せで、たまらなくて。

「でもお前、未成年だしセックスは成人してからな」

にっこりと有無を言わせない笑顔に見惚れてしまったのも、惚れた弱み、なんだと思う。



最近、煙草の匂いがしなくなった。相変わらずパイポを咥えてはいるけれど、その回数も減ってきた気がする。もしかしなくても、おれのためかな、って考えて、うわーってなってしまう。槍バカには「恋する乙女かよ」って笑われたけど、仕方なくないか? だってなまえさん、ヘビースモーカーだったっぽいのに。
隣にいてふんわり香る苦い煙草の匂いにもドキドキしたけど、今のなまえさんは整髪料とか香水とかの匂いが混じって、こう、なんかやばい。おれを見てくれてるときの目の優しさもやばい。おれを殺しに来てる。最終兵器なまえさんって感じだ。

「ん?」

チラチラとなまえさんを見ては視線を逸らすという奇行に走るおれに、なまえさんは首を傾げてどうしたんだと問いかけてくれる。はあああああこんなに優しくて綺麗でかっこいいひとがおれの恋人なの、本当にやばい。母さんおれを産んでくれてありがとう。父さんおれを仕込んでくれてありがとう。

恋人同士になったからって、おれとなまえさんの行動パターンが変わることはなかった。ボーダーに所属している身の上だから、遠出とかもできるわけもなく。ちょっとした買い物とかは付き合う前からしてたし、やってることはあんまり変わらない。ただ手を繋いだり、キスしたり、そういう恋人らしい接触が少し増えたくらい。それでも常識人のなまえさんだから、触れるだけのものだったり、可愛らしいものなんだけど。
現役男子高生のおれとしては、こう、エロいことにも興味があるわけで、可愛らしいキスだけでは物足りない部分もある。けど、なまえさんはおれのためを思ってくれての制限な訳だし、今のところ現状に満足できてしまっているので、あえて迫ったりはしないでいる。
そもそもおれたちの場合、どっちがどっちなのか、そこから決めないといけないのだ。そこらへんをなまえさんはふんわり避けているので、おれもあえて話題にはしなかった。舌戦したら負ける自信がある。

そんなこんなで、恋人という関係になったにも関わらず、以前と同様にダラダラとおれとなまえさんは太刀川隊の作戦室でまったりと過ごしていた訳なのだが。

「しらたま食べたい」

不意にそう口にしたのは、柚宇さんだった。おれとなまえさんが付き合ってることは公言してはいなかったけど、なんとなく察したのか「へー」とおれたちをまじまじ見て、それで終わった。隠している訳ではなかったけど、こうもリアクションがないのも変な感じで。さすが柚宇さんだな、と感心してしまった。
同時に、おれたち二人の間にすんなり混じってしまうのも、さすが柚宇さん、って感じだった。全然嫌じゃないし、違和感もない。いつも三人で過ごしていたからだろうか。あと柚宇さんとなまえさんの関係が、びっくりするほど色恋と無縁だからだと思う。柚宇さんがだらしない格好でいても、顔色変えずに「行儀悪い、だらしない」って服整えてあげるくらいだもんな。兄妹ってか、すでに父娘の関係に見える。

おれと柚宇さんがなまえさんに勉強を教えてもらうのもいつものことで、今日も今日とて夏休みの課題と格闘している最中に柚宇さんが真剣な顔で告げたのが、その一言だった。

「……何、いきなり」

うんざりした顔をしているなまえさんは、きっとこの後の展開が想像できているんだと思う。ソファに座りながら優雅に学術書を読んでいた目をそっと柚宇さんに向けて、嫌そうに問いかける。さっきからシャーペンが動かず、焦点の合わない目で虚空を見つめていたから、限界に来てるんだろうな、とは思ってたけど。虚無でも見てるのかってくらいやばい目で、柚宇さんはなまえさんを見つめた。

「しらたまが、食べたい」

「ええ……? 食いに行くの?」

「暑いから外に出たくないし、みょうじさんが作ったのがたべたい〜」

「ざっけんな俺が暑いじゃねーか。夏の台所で火なんか使いたくねえよ」

食いに行く方がマシ、というなまえさんは車持ってないし、また二宮さんに借りるのかな、と思うともやもやする。それは止めて欲しいところではある、けど、恋人の交友関係に口出すのってダサいよなあ。
なまえさんに言って笑いながら全否定されたが、二宮さんってほんとになまえさんのこと好きじゃねえのかな。あのひとはおれにとって結構な脅威だ。同級生の壁をそれなりに感じているから、余計に。
腕に絡みついてしらたまを強請る柚宇さんを必死に引きはがそうとしているなまえさんを見つめながら、おれは胸に渦巻く不安をどうしたものか考えていた。なんでだろうなあ、柚宇さんとなまえさんが引っ付いてても、なんも思わないのにな。なんで二宮さんは駄目なんだろう。太刀川さんと肩組んで馬鹿笑いしてるのだって、おれはこんな感情持たなかったのにな。
だから、つい。ポロっと口に出してしまったのだ。

「トリオン体で作れば、暑さとか感じないんじゃねえ?」

柚宇さんとなまえさん、二人の視線がおれに向く。二人揃って考えたことなかった、って丸わかりの顔をしていてちょっと面白い。柚宇さんはまあ、ともかく、なまえさんは頭がいいはずなのになあ。エンジニアの人間だし換装のこともよく分かってそうなのに。天才か、みたいな目でみられてちょっと恥ずかしい。

「じゃあ仕方ねえか……」

「やったー! てか、しらたまって作れるの?」

「知らずに強請ってたのかよ……つっても白玉粉がねえな。買い出しに行くか……」

「言ってらっしゃ〜い」

重そうに腰を上げたなまえさんを、柚宇さんは完璧に見送るスタイルだった。これはひどい。食べたいのは柚宇さん自身なのに。
ジト目でなまえさんは柚宇さんを見下ろすけど、本人は呑気にソファに寝そべって休憩していた。もう課題をする気もなくなってしまったらしい。

「……課題、今日のノルマこなさねえと作ったしらたまお前の分も目の前で食ってやるからな」

「課題頑張りま〜す」

地を這うような声で低レベルなことを口にしたなまえさんに、柚宇さんはすぐさま起き上がって机に向かった。なまえさんの本気度がわかってるんだろう。柚宇さんの素早い行動に飽きれた視線を向けてから、なまえさんは苦笑混じりにおれを見た。

「買い出しに行くか、公平」

「――はいっ」

名前を呼ばれると、いまだにドキドキして、慣れない。優しい呼びかけも、作戦室を出たあと、そっと手を繋いでくれるのも。おれは嬉しくて仕方がなくて、それだけで満足してしまう。人の欲には際限がないってテレビかなんかで聞いてて、なまえさんのことを知る度に、その言葉を実感していたんだけど。それでもこうして傍にいることを許してくれるだけで、おれはとてつもない幸福に飲み込まれそうになる。そう不安にならないのは、なまえさんが愛情表現を惜しまないひとだからだろうな。

「白玉、豆腐入れるとうまいってどっかで読んだなあ」

「なまえさんてデザート系結構作れますよね」

「白玉くらいガキの頃家で作ったことあるだろ?」

「おれはないです」

「へええ」

ちょっとびっくりした感じの顔が可愛い。なまえさんの家は多分家族仲がめちゃくちゃいいんだろうな。おれんとこもいいと思うけど、なまえさんのところはこう、一味違う気がする。母親の尻に家族全員敷かれている感じだ。だから白玉もきっと、母親に言われて渋々作るの付き合わされてたんだろうなあ。

「だから、お手並み拝見、ですね」

「言ってろ」

並びあって歩くのは、ちょっと恥ずかしい。手を繋いでるのだって、人気がないからこそだ。他愛ない話でこうやって笑いあうのは付き合う前でも同じだったのに、立ち位置が違うだけでこんなにも楽しくて嬉しいだなんて思いもしなかった。

「家に、葡萄と桃のジャムがあるんだ。作った白玉持って帰って、こっそり食おうな」

不意に耳に口を寄せてきたなまえさんが耳元でそう囁いてきて、ぞくりと背筋が粟立つ。びっくりした様子のおれを満足そうに眺めて、鼻歌を歌いながらなまえさんが先に進む。手を繋いでるからおれは耳をうまく押さえることもできなくて、手を引かれたまま、その背中を睨みつけることしか出来ない。

なまえさんお手製のジャムは嬉しい、嬉しいけども!
おれ、成人してもこのひとに勝てるんだろうか。
できればなまえさんを組み敷きたいおれとしては、この驚くほど素敵で大人で余裕のある恋人に太刀打ちできるのか、不安が残ってたまらない。

「あー、でも」

おれ、このひとが、すきだ。






ちなみに、なまえさんが用意した白玉、餡子やみたらし、抹茶といった定番だけでなく、たこ焼き風、ピザ風といった変わり種まで用意されて、柚宇さんとおれは腹がはちきれそうになるまで食い尽くしたのだった。



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