部誌13 | ナノ


しらたま



SNSで有名な白玉専門店がなんと家の目の前にできた。
カテゴリで言えば都市近郊と呼べる我が四畳半の城周辺は、太陽が沈めば女性の皆さんが通るのを避けるほどの暗闇に包まれ、一つ上に住む師匠のような浮浪者スタイルの男性が闊歩する治安の悪さであったが、どうやら人気のお食事処となると「知る人ぞ知る穴場」なんてプラスのアビリティが付くようで、昼時ともなれば男女比率は以前と反転し、休日は行列ができるレベル。
その上、苗の時代から誰も手を加えることのなかっただろう鬱蒼と生い茂る木々がその行列の民には大層人気で、外で並んでいても直射日光を浴びないで済むそうだ。
ここまでくると私の「彼女経歴なし」「童貞」「不可単位数過去最高記録達成の夏」という三重苦にも何か救いの手を差し伸べてほしいと願うのは仕方ないことだろう。
そうして今日も窓の外に見える行列の尻尾をぼんやり眺めて部屋の隅に積まれた大学の未提出課題から目を逸らしていると、不意にその尾っぽに見知った顔が加わった。
見間違えることはない、我が薬指に勝手知ったる顔で腐乱死体のような臭いを放つヘドロ色の糸を蝶々結びしてきた男、月面の裏より出てきたような容姿を持つ小津である。
こちらを見上げもせず熱心に行列に並び続ける男を見続けるのはなんとも癪に触って、仕方なく人間観察をやめて課題の隣に置いてある失楽園を手に取った。奴らが木陰で白玉を待つというのなら、私は何故私を人の形に作り上げたのか神に問おう。

本の世界に没頭していると、チャイムなんて高度なシステムを備えていない我が城をドンドンと叩く音が聞こえた。「お届け物ですよ」と宅配を装った声は特徴を一切隠す気のない窓の外に見た男のものだ。
「開いている」
数歩で済む距離も奴の為に起こすとなればひどく億劫で、声だけかけてやればギュウと木戸とシリコンが擦れたような音と共に扉が開かれる。
せめてもの情けで視線だけは送ってやると、器用にビニル袋を持ったまま靴を脱ぐ小津の姿があった。
「あなた、食べたことありました?あそこの白玉」
「いや、食べていない」
「なら食べましょうよ、買ってきましたから」
膝を畳に滑らせてわざと音をたてて近づいてきた小津がぴとりと肩がつくほどの距離に腰を落ち着かせる。一向に進まない物語から目を外して彼の持つ袋の中を覗くと、餡子ときな粉と黒蜜がそれぞれ掛かった白玉が見えた。
「えらく多く買ったんだな」
「もしあなたがミーハーだったら、食べているかもしれないと思いまして。三種類あればどれかは食べてないかと思ったんですけどね」
「ミーハーだったら、三種類とも制覇していただろうさ」
「いや、あなたはこれと決めたら一筋な性格ですから、三種類あれば十分でしょう。それに冒険家でもないから、定番の味を選べばどれか気に入ってくれるし」
何でもないように私の趣向を露呈させた小津は畳へとブラ容器を三つ並べると、鞄からコンビニのロゴが印刷された箸袋を二つ取り出して片方を渡してきた。
「さあ、食べましょう。固くならないうちに」
「いただきます」
黒蜜のかかった白玉を口に入れると、濃厚な味が脳まで突き抜ける。舌の上に乗った蜜がそれを刺激して、唾液を分泌させて更なるとろみを生んだ。そうしてそういえば、今日は朝から飲まず食わずだったと思い至る。なるほど、でもこれは。
「うまいな」
「そうでしょう。あなたのことだから近場だからってあんな属性光のようなところに行けるわけがありませんからね。だから買ってきてあげようと」
「そこまでしてくれなくてよかったんだがな」
「でも好きな人とは何でも共有したいでしょう」
にっこりと宇宙人面に笑みを貼り付けて宣った口に間髪入れずにきな粉がたっぷり振られた白玉を突っ込む。「あーんですか」と減らない口を叩いた男は見事私の策略に嵌まり気道に粉が入ったようで大きく噎せた。
枕の横に放っていた麦茶のボトルを手繰り寄せて持たせてやると、気持ちのいい飲みっぷりを見せて空にした。
「ありがとうございます、こちら代わりに差し上げます」
そして当然のように差し出された飲みかけの烏龍茶に、私は苦笑いしながら応えるのだ。
「そんな汚いもんいらんわい」
窓から入り込んだ赤い夕陽が、ぴとりと肩をくっつける長い影を狭い四畳半に映し出した。



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