部誌13 | ナノ


世界が三度回ったら



夏という季節ってほんとうに好きじゃないな、と蒸し暑い空気に辟易しながら実感する。
肌に纏わりつくような湿気も嫌いだし、肌を灼くような日の強さも嫌いだし、水分補給を少しでも怠るとすぐに熱中症気味になる自分の体も嫌い。
だというのに、どうしてぼくはこんな夕暮れの縁側で、かき氷なんて食べているのか。ああ、いつもより太陽が赤い。

「あっちぃねえ」

へらりと笑うのは、幼馴染の及川徹だ。家が隣同士で、徹がバレーにハマるまでは一緒に遊んだりしたものだった。尤もぼくは習い事が忙しくて、滅多に遊んだりはできなかった、けど。

「なまえちゃん、元気にしてた?」

「ちゃん付けすんなよ……まあ、ぼちぼち」

まだ夕日が出てるから、そんなには涼しくない。綺麗なガラスの器に入っていたかき氷も、だいぶ溶け始めてきている。味を訊かれていちごにしてみたけど、ブルーハワイにすればよかったかなあ。いちごの赤は少し、暑苦しい。青ならまだ視覚的に涼しくいられたかもしれない。上品ではないと思いながらも、水と化した氷の残りを飲み干して、少し遠い場所にガラスの器を置いた。間違って落として割っちゃったら申し訳ないし。
それにしても蝉の鳴き声がうるさい。耳障りなほどのそれは、夏の風物詩って感じだ。今ならまあまだ許すけど、夜中に鳴くのは眠れなくなるのでやめていただきたい。一度気になりだすとずっと聞いてしまうの、ほんとうに止めたい。

カナカナカナ、もの悲しく鳴く蝉の声をBGMに、及川家の縁側でぼうっとする。暑い。早くクーラーの効いた部屋に戻りたい。
でも、家には帰りたくなかった。

「なんか、元気ないね」

「暑いからだろ……もうほんとむり」

「そうだねえ、もう夏場の体育館なんか地獄だからね、地獄。熱中症になりそう」

でも、好きでやってるんじゃん、バレー。
でないと夏休みなのに、あんなに楽しそうに毎日学校に行かないでしょ。変なとこで天邪鬼。変わらないな。

幼馴染とはいえ、もともとぼくと徹が一緒に過ごす時間なんてない。ぼくは習い事があるし、徹にはバレーがあった。小学校から始めたバレーに夢中になって、練習や試合に明け暮れた徹と、家の習い事で忙しかったぼくと。重なる時間なんて少なくて、今こうして徹の隣にいることが変な感じがして仕方がない。
小学校は集団登校もあったし少しは一緒に過ごせたけど、それも低学年までで。中学年、高学年になるとクラブがあって、そこでバレーを始めた徹の帰宅時間は遅くなった。かたやぼくは急いで家に帰る身で、朝しか言葉を交わす時間がなかった。中学校になったら、バレー部に入部した徹は朝練で毎日早くに家を出て、遅くに帰ってくる日々。それでもたまに学校で会話をする程度だった。

「……なに笑ってんの。思い出し笑い?」

めざとく肩を揺らすぼくに気付いた徹が、訝しげにそう問いかける。思い出して笑いのつぼに入ってしまったぼくは、徹から顔を逸らして笑いの衝動をなんとか抑え込んでから、その問いに答えてやる。

「いや、昔のこと思い出したら笑えてきた」

「昔?」

「そう。中学校の時、徹に泣きつかれたなあって」

「忘れて! 頼むから!」

夕日に照らされていても赤面していると判ってしまうくらいには、かつての過去は徹にとって恥部らしい。三角座りして頭を抱えて縮こまる徹にまた変な笑いが出てきそうで、ぼくは懸命に視線を逸らした。

中学二年生くらいにはすっかり疎遠になって、会話らしい会話もなくなったぼくと徹である。ぼくはすぐに家に帰る帰宅部で、徹はバレー部の人気者だった。スクールカーストの頂点に立つ徹と、冴えないぼくでは釣り合わないし、そもそもまともな会話もしなくなって久しい。最早ぼくらは他人なのでは? そう判断したぼくは、下駄箱ですれ違い様におはよう、なんて挨拶してきた朝練終わりの徹に、「おはよう、及川くん」と返したのだ。
結果、号泣して泣きつかれた。「そんな他人行儀な呼び方しないで」ってまじ泣きした。小学校からの幼馴染でバレー部での相棒らしい岩泉が騒ぎを聞きつけて及川を回収しにきても、ぼくに抱きついて離れなかった。最終的に泣きすぎて吐きそうになり、見かねた先生たちがぼくごと早退するように指示を出してきたくらいには、本気で泣いていた。
その泣き顔に、ぼくは――

「なまえちゃん?」

「いや……なんでもない。面白かったなって」

「もー! ほんとに止めてよね! 及川さん怒るよ!」

「うん、ごめんね及川くん」

「なまえちゃん!」

「はは!」

笑っていると、徹もそのうち同じように笑いだした。一頻り笑ったあと、妙な沈黙が生まれる。何か喋ってもいいけど、喋らなくてもいい。そんな、独特の空気だった。

「そういえば、なまえちゃんは生まれ変わりって信じる?」

「随分いきなりだなあ。生まれ変わり?」

「そう」

随分とまた、ロマンチックな話題だ。話題転換するにしても、もう少しネタを選べただろうに。

「今の人生はね、三回目。前の二回とも、なまえちゃんと恋人だったんだよ」

「マジで? ストーカーじゃん徹」

「ひっど。愛が深いって言ってよね。なまえちゃんのこと愛しちゃってるんだもん、俺」

「愛が重いって言うんじゃないの、それ」

「そうかもねえ」

へへ、と笑う徹の顔が、どうしてか見れなかった。夕日を見つめているだろう徹に倣って、ぼくも夕日を見つめる。いつのまにか、太陽は家々の向こうに沈もうとしていた。
祭囃子がどこか遠くから聞こえる。ああそうだ、今日は近所の祭りの日だった。だからぼくも徹もこうして浴衣で、家を出ようとしたら徹に掴まって、それで――

幼馴染なんて、いつまでも一緒にいられる訳じゃないし、いつまでも仲良しな訳じゃない。だからぼくは中学時代に及川くん、なんて呼んだ。徹に泣きつかれてかつての幼馴染の関係に戻った気がしたけど、気がしただけで終わった。たまにすれ違いざまに挨拶して、時間があれば立ち話。そうして立ち話することもなくたって、関係はフェードアウトしていく。
高校まで仲のいい幼馴染の方が珍しいんじゃないだろうか。ぼくの周囲はそんな感じで、だから徹と岩泉の関係の方が珍しくて、特別で。

高校は青葉城西を選ばなかった。名門校は色々縛りが厳しそうってのが、建前。文武両道を掲げていそうな学校だったから、家で習い事をしなきゃならないぼくにとって、都合の悪そうな学校だった。そういう、建前。
結局は多分、逃げただけなのだと、思う。徹から、自分の想いから、現実から。逃げて逃げて逃げ出して、結局こうして掴まっている。

「一回目はね、俺が男で、なまえちゃんが女。二回目は俺が女だったかな。で、なまえちゃんが男。で、今が三回目」

「残念。ぼくもお前も、男だな」

「いやあ、別に? 残念でもなんでもないよ」

けろりと宣う、徹が正しいのだ。どうしてだか胸が痛い、ぼくがおかしいのだ。そうに、決まってる。だってぼくと徹は、ただの幼馴染で、それで、今は疎遠になってて会話なんて何年ぶりかで、今こうやって二人で縁側に座ってるのも、ぼくは未だに消化できてなくて、それで。

「婚約者、できたって、ほんと?」

ばっからしい。
この21世紀に、成人もまだなのに、婚約者。時代錯誤にもほどがある。でも、徹の言うことは本当だった。
ぼくの家は華道のナントカ流の本家らしくて、大した歴史もないのに血筋とやらを大事にして、血を繋ぐことが大切とかなんとか言いだして、ぼくに婚約者ができた。今って西暦何年? て思わず訊いたよね。しこたま怒られたけど。
唾を飛ばして激怒したのは、ぼくの爺さんだ。老害そのものって感じの頑固爺で、自分の思い通りにならないと気が済まない。

だからぼくの気持ちなんて知ったこっちゃないのだ。

「なまえちゃん」

視線が痛い。答えないぼくに詰め寄って、徹が手を握ってくる。汗ばんだその感触が、少し気持ち悪い。

「そうだよ」

肯定する以外に、何が言える?
だって嘘なんかついたって、どうしようもないし。それが真実だ。ぼくはあったこともない年上の女の人と婚約者になった。両親は祖父の意向には逆らえない。だからぼくは小さい頃から華道一色で、他の習い事なんか赦されなかった。ぼくだって徹とバレーがしたかった。でも、できなかった。
そういう家だから、きっと決定事項で、それで。

「ねえ、なまえちゃん」

花火が上がる。俯いている間に夜は訪れていて、知らぬ間に上がった花火が音を立てて空を彩る。
ドーンドーンとあらゆる音をかき消すみたいに、花火が。空へ羽ばたいて、散る。鮮明に、色鮮やかに。

ぼくは、徹の瞳に映る花火に、見とれていた。

「駆け落ちしよっか」




世界はぼくらみたいなコドモにはままならなくて、目まぐるしく変化しまわってゆく。ぐるぐるという回転にぼくはついていけなくて、そうして縮こまってこっそり泣くことしか出来なくて。
そんなぼくを、いつも徹がすくい上げてくれた。

ぼくの世界が変わったのは、人生で三度。
一度目は徹と出会った日で、二度目は徹に恋をした日で。

三度目は、今だ。



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