部誌13 | ナノ


言葉はいらない、言葉が欲しい



例えば、彼を表現するなら、眩い太陽だ。


目がくらみそうなほどの青空に、思わず目を閉じた。降り注ぐ日の光が眩しい。強すぎる光は目を傷つけそうだ。現に今、目がチカチカしてて、ちょっと眩暈さえしてる。

「オラァッ!」

ガシャン、と大きな声と音が響く。続く歓声と悔しそうな声に、またか、と内心呟く。そろりと瞼を押し上げれば、そこにはバスケットゴールにぶら下がった待ち人の姿があった。猿か?

「つうか、やっぱここか……」

呆れた声を出してしまうのは、仕方のないことだと言えた。友人の火神大我と待ち合わせをすると、大概待ち合わせ場所には現れない。いやまあ、毎度の如く遅刻するおれが悪いんだけど。でも今日みたいに遅刻しなかった時だって、おれが遅刻するだろうって毎回バスケットコートに向かうのはどうなんだ。探しやすいっちゃ探しやすいけども。

無骨っていうか、ぶきっちょでぶっきらぼうな火神だけど、人見知りもせず、見知らぬひとといきなりバスケができるっていうのは、結構な才能だよな、とおれは思う。いきなりバスケットコートいって「一緒にゲームしようぜ!」なんてできるの、無知で無敵な小学生までじゃない? 少なくともおれは無理。だから、そういうのが自然にできてしまう火神はすごい。そういうとこ、尊敬してる。

ボールが飛んでいってしまわないようにか、コートを囲むフェンスにもたれて、様子を窺う。バスケを楽しんでる最中に水を差すのは好きじゃない。おれは、火神のバスケしてる姿が結構好きなんだ。
声もかけずに見守っていると、またゲームが始まった。1on1の試合を、数人と繰り返しているようだった。攻守を交代しながら、短い試合を何度も繰り返している。何度もやってりゃ飽きそうなもんなのに、そんな気配もない。きっと今は目の前のボールに夢中で、おれとの待ち合わせのことなんて忘れてるんだろうなあ。

「おっ、みょうじ!」

楽しそうに試合をしていた火神がこっちに気づいて腕を振る。対戦相手に礼でも言ったのか、頭を下げてからこっちに駆け寄ってくる。

「お楽しみだったようで?」

「? おう。こっちに来てもらってわりぃな」

「いや、いいけど。いっつも遅刻してんのおれだし」

ほんとは、今日は遅刻しなかったんだけど。それを言うのは野暮ってなもんだろう。楽しげにバスケをしてる火神を見れたんだから、よかった。

並んで歩いていると、目の前にバスケットボールが転がってきた。よそのコートのちびっこたちのものらしい。こっちに投げて欲しいというジェスチャーに頷いて、適当に放り投げる。

「おっ、入った」

まぐれにもほどがある。おれもびっくりしたが、ちびっこたちもびっくりしたらしい。スゲーとアリガトウが入り混じった掛け声に手を振って、そのまま連れ立って歩みを進める。

「……オマエ、なんでバスケやんねえの」

「またその話? やんねえって言っただろ。おれには向いてない」

笑って火神を追い越す。後ろで納得してない雰囲気を醸し出していたが、おれは華麗にスルーした。

絶対にやんないよ、バスケなんて。


火神と知り合ったのは、アメリカ時代だった。父親の転勤についていかされたおれは、当時からバスケ小僧だった火神と出会ったのだ。日本人学校で知りあったんだけど、内気で幼気なおれは、実は火神のことが怖かった。甘やかされて育ったおれにとって、火神は粗暴って感じがしたんだ。でもいじめられてたおれを助けてくれたのがきっかけで仲良くなったんだっけ。おれは勉強が得意だったから、お互い助け合っていたなあ。
日本に戻ってくるのも同じタイミングで、偶然にびっくりした。住む場所は違ったから、頻繁に会うことができなかったけど。まさか同じ高校に通うことになるとは思わなかった。

「――なあ、なまえ」

突然名前を呼ばれて、胸が跳ねた。
動揺する心をひた隠しにして、なんでもないように笑ってみせる。それでも正面から見られればバレてしまいそうな気がして、顔を向けることすらできなかった。

「なんだよ、火神」

「……やっぱ、なんでもねえ」

「そ?」

昔は、お互い名前で呼び合っていた。アメリカに住んでたんだ、よっぽどのことがない限り、苗字で呼び合うことなんてない。それが、いつからみょうじで呼び合うようになったんだっけ。多分、きっかけはおれから。日本で名前で呼び合う男子なんて少なかったし。からかわれたり、照れくさかったり、そんな今となってはくだらないことがきっかけだった、気がする。

大我がおれを呼ぶ、少し低くて、舌足らずな甘い声が好きだった。いつもはちょっと粗野でぶっきらぼうなのに、おれの名前を、まるで宝物みたいに、大事に呼んでくれるその声が、表情が。すごく、好きだった。
アメリカに住んでた頃とは違った。日本語に慣れない大我の、ひらがなみたいな発音で呼ぶおれの名前が、特別な何かみたいに、感じたんだ。初恋もまだのおれだったから、自覚なんてなくて。恥ずかしくて仕方なかった。その理由を深く考えもしないで、呼び方を「大我」から「火神」へとシフトしていった。突然変わった呼び名に戸惑っていた大我――火神、も。それに倣うようになって。

今思えば、すごく馬鹿だったと思う。おれのせいで、おれたちの間には妙な距離ができてしまった。おれにはもうどうしようもない距離だ。

「仕事、相変わらず大変なのか」

「うん? まあねえ。母さんの無茶ブリはいつものことだから、もう諦めてるけど」

火神の言葉に苦笑を返す。おれはファッションデザイナーの母親の仕事の手伝いをしているのだ。日本でもまだ認知度の低い弱小ブランドで、雑務ついでにそこの専属モデルをしている。日米ハーフなので、日本での顔ウケは結構いいっぽい。学校ではメガネかけて地味にしてるし、マイナーだしでそんなに騒がれてないけど。ファッション雑誌のモデルの仕事のオファーも来はじめてるらしいし、母親のブランドの認知度を上げるためにも他に仕事も始める頃合だろう。

おれがモデルなんて、昔は想像もしなかった。自分の顔が大衆受けするかどうかとか、考えたこともなかったし。けど外部から仕事が来るくらいなんだから、そこそこイケる顔をしてるんだと思う。実感なんかないけど。

仕事を始めれば、きっと忙しくなる。そうすれば、きっと。今みたいな時間も、とれなくなるんだろうな。
それは少し寂しくて、でも少し、ホッとする。火神がおれ以外と仲良くしてる姿を、見なくて済むから。

「情けないなあ……」

「え?」

「なんでもない。さて、どこにいく? 遊ぶっていっても、何も決めてなかっただろ」

笑う。それしか、できないから。
手を引いて歩くことももうできない。それくらい、おれたちはオトナになってしまった。無邪気なあの頃には、もう戻れない。

なあ、大我。
おれがお前の、たった一言を待ってるって言ったら、お前はどう思うだろう。今のままの関係が苦しいんだって、そう告げたら。お前はどんな反応をするんだろう。おれはそれを知りたくて、知るのが怖くて仕方ない。

臆病者だと笑ってくれ。自分から切り出せない癖に、お前に切り出されるのも怖いんだ。今の関係が崩れるのが怖くて、おれはいつか自分が逃げ出すんだろうと思ってる。お前がおれの知らない、知ってる誰かと幸せになるのを、見守ってやれそうにない。お前のいないところで、お前がいない時間を過ごして、お前の幸せを遠いところから祈るような、そんな人間なんだ。

あまりの自己矛盾に哂ってしまいそうになる。馬鹿馬鹿しいし、くだらないし、実に愚かだ。くそ野郎にもほどがある。
だから、だからさ、大我。
この膠着したおれの心を破壊するような、そんな言葉をおれにくれよ。そうじゃなければ、おれは――

「……なあ、なまえ」

いつかの響き。前に聞いた時よりは、低くて、少し苦い。
真剣さを感じさせるその声音に、おれの背筋は震えた。

嗚呼。
やっぱり神様、今この瞬間にこの星を壊して欲しい。
おれを、殺して欲しい。



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