部誌13 | ナノ


午前4時の空



 カチッ。締めくくりの句点を打ち込み、長時間離せずにいたキーボードからやっと指を離せた。
「おわっ、たー……」
 吐き出すように漏れた言葉と共に体を後ろに倒す。両手を伸ばして仰け反るとギィッと椅子の背もたれが悲鳴を上げた。心無しか視界が霞んでいる気がする。それもそのはず、なにせこの二日間ずっとパソコンから離れずに画面を睨んでいたのだ。しかし、その甲斐もあってこうして完成することができた。
 何気なく時計を見ると4時過ぎていた。もちろん午後ではなく午前4時だ。長い戦いだった。霞れ目と戦いが終わった安堵から目頭を抑える。家を出るまであと数時間しかないが、さすがにこのレポートを出した教授の講義で居眠りは出来ない。こういうのフラグというのだろうが、寝ないで居眠りするか少し仮眠を取って講義を受けるかでは全然違う。
 だが、眠る前に一服しようと椅子から立ち上がった。この二日間、レポートを書き上げるまで禁煙と決めていたのでそろそろ禁断症状が出始めていた。書き上げたあとの一服は最高に違いないと心躍らせながらベランダに続く窓に手をかけた。
「お、ようみょうじ。悪いんだがレポート見せて」
 話が終わる前にすぐに窓を閉めた。仕方がない、ヤニがつくのは嫌だが部屋で吸おう。窓から離れようと背を向けるが、窓の外からチャキッと構える音を入ってしまってすぐさま踵を返した。
「太刀川っ、てめぇ孤月で窓壊そうとすんのやめろっ!」
「だって みょうじが鍵閉めるから 」
「そりゃあベランダに人いたら誰だって閉めるだろ!?」
「ボーダーに入ってりゃあよくあるだろ、それよりレポート見せてくれよ」
「ボーダー基準で考えたら犯罪だって気づけよ!あとレポートくらい自分でやれ!!」
 我慢ならず煙草の箱を投げてつけるが、すぐに交わされてそのまま落ちていってしまう。ショックを受ける自分を他所に「いや実はさっき今日が雲居のレポート提出日っていうの忘れててさー、ちょうと みょうじん家の近くだったから寄ってみたが正解だったわ 」と呑気に話している。どこまでの他力本願な男に何度目か忘れてしまった殺意を抱いた。こいつがランキング一位じゃなかったらフルボッコに出来たのに!!
「……ていうか、お前そんな大事なときにボーダーの仕事入れるなよ」
「っていわれてもな、忘れてたのは仕方ないだろ」
「いや忘れるなよ、俺ら一応本業は学生だからな……」
 近世人との戦いに明け暮れていようが、本業はあくまでも課題に追われる大学生。ボーダーはそういう部分ではちゃんと理解してくれおり、課題があるから休みたいといえば休ませてくれる。だというのに、この男はーーーランキング1位と謳われる太刀川慶はそうしたものを全てほっぽり出して戦闘に夢中だ。これでよく大学行けるなと呆れ果ててしまう。それで自分にレポート見せろとこんな時間にベランダから乗り込んでくるなんて非常識にも程がある。
「なあ頼むよ、全部は写さないから少しだけ見せてくれって」
「んなことできるわけないだろ、雲居そいうの目敏いのお前だって知ってるはずだ」
 このレポートを出した鬼間違えた教授は講義では物腰柔らかだが、そうした課題に関しては鬼のように出してくる。しかも、少しでもズルをすれば一発で単位を落とすので有名だ。レポートを写したなんてバレれば太刀川どころか自分にまで被害が被る。それだけはなんとしても避けたい。
 徹底的に拒否をする自分に絶対に貸さないというのが伝わったのか太刀川は残念そうに肩を落とした。
「友達思いのないやつだなぁ」
「そういわれようが駄目なもんは駄目だ」
「ちぇっ、じゃあ他のやつに頼むわ」
 駄目だと分かれば太刀川は掌返して弧月を鞘に戻す。というかお前それ脅しのつもりでやってる時点で恐ろしいわ。次の場所へと向かうためにベランダの手摺に足をかけた太刀川。その背中に向けて声をかける。
「太刀川」
「ん?」
「ちょっと待ってろ」
 太刀川を呼び止めてから自分の部屋に戻る。机に無造作に放り出していた本を一冊取って再びベランダに戻った。
「これ貸してやる」
「なんだこれ」
「雲居が課題で使えって薦めてた資料、どうせ持ってないだろ」
「え、なにそれ初耳だぞ」
 そりゃあお前はその日休んでたからな。どうせ太刀川いないからって教授が俺にいっていたけれど、あえて黙っていたのは秘密だ。
 太刀川はそれを受け取ると軽い調子でお礼をいう。
「オレいまから書ける自信ないんだけど」
「なくても写すよりマシだろ、最後は泣き落としで伸ばしてもらえ」
「うーん」
 渋りながらも太刀川はそっと懐に資料を突っ込んだ。
「 みょうじまた明日な 」
「おお」
 そうして太刀川はベランダに足をかけてその場をあとにした。空はもう明るくなっており、その明るい空をバックに建物を飛び移る太刀川を見送った。



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