部誌13 | ナノ


午前4時の空



「電車が参りまーす、ご注意くださーい」
 7月の朝は早い。おれはブルーグレーと橙色が層をなす空を見上げて、駅のホームとホームの間を走る線路を、軽やかなステップで避けて歩く。熱帯夜の余韻、もったりと湿った朝靄が、翼のごとく広げた両腕にからみついた。
 そんなおれの姿を、ホームの端に腰掛けた出水が見守っている。
 お日様はあと少しで顔を見せる、そんな夜と昼のあわいの時間。おれたちは人気のない駅のど真ん中で、ぶらぶらと特に意味のない、けれど手放せない戯れのときを過ごしていた。
「始発が来たらおまえ粉々だぞ」
「ダイジョブ、そのときはトリオン体になるから」
「それはそれで電車が壊れそう」
 おれと出水の笑い声が、けらけらとがらんどうの駅舎に響きわたった。といっても、湿っぽい空気はなんとなく音を遮るようなかんじがして、おれたちの声はこの場に秘められているみたいに思えた。
 二人とも、この駅に電車が来ることはないと知っている。この駅と路線は警戒区域のすぐそばに位置しており、大規模侵攻ののちに、廃線となったからだ。どんなに待ってもどこへも行けない場所で二人、刻々と白っぽいオレンジ色に染まっていく空を見上げながら、何の実りもない会話を交わす。
 出水はさっき自動販売機で買ったミネラルウォーターを口にしながら、ひょいひょいと朽ちかけの線路を跨いで跳ねるおれのことを見て、目を細めていた。
「朝になったら、一回家に帰んなきゃだよなー」
「そうだねぇ。夜の防衛任務だって言っちゃったから、頃合いを見計らって帰ろうか」
 昨夜は出水と一緒にボーダーを出たとこまでは良かったものの、いざお互いの家に向かう分かれ道に着いたら、お互いどうにも離れがたくなってしまった。そんなわけで悪い子のおれたちはそれぞれ親に嘘をついて、警戒区域内で打ち捨てられたビジネスホテルに一泊したのであった。
 出水と二人きりなのに寝てしまうのももったいなくて、結局二人ともちょっとまどろんだ程度で朝を迎えてしまった。おれたちは朝の散歩コースに弓手町周辺を選び、警戒区域が近いせいで住人の少ない地域を、誰に咎められることもなくぶらぶらと歩き回る。
 そしてたどり着いたこの駅で、どこにもいけないおれたちは、今日の始まりを見届ける。
 白んでいく空を見ていると、街が息を吹き返しているのを目にしているような気分だった。新聞配達の原チャのエンジン音が、遠くに聞こえ、消えていく。どこかで目を覚ました飼い犬が、朝っぱらから元気よく吠えている。
 日々の生活の息吹、それを感じるほどに、おれの胸中は寂寥感にかき乱されるようだった。
 一晩もそばで過ごしてしまったからこそ、一瞬だって別れが惜しくなってしまう。
「……また今日の午後には、ボーダーで会うのにさ」
 出水も同じことを考えていてくれた。そのことだけがほんの少し、昇る朝日にざわめく気持ちを宥めてくれた。



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