部誌13 | ナノ


午前4時の空



 月のない夜だった。
 簡素な木造コテージの窓枠に切り取られた砂浜は、星灯りにぼうと淡く滲んでいる。開け放たれた窓から夜風が頬をひやりと撫でて、この世界には熱量がないなとぼんやり考えた。




 海と空のテクスチャーだけを貼り合わせて作った紙箱のような箱庭で、昇っては落ちる陽と満ちては欠ける月だけが白々と私たちの時を数えているのは少し、後ろめたいような心地だった。
「後ろめたい、ですか」
「後ろめたいというか、」
 背後から掛けられた声に振り返ろうとして、言葉の続きをうまく捉えることができずに中途半端な姿勢になる。私ははじめの言葉をいつも間違ってしまう。仕方なく、正座を崩した姿勢から振り返るのに後ろについた手が夜目にも白く浮かび上がるシーツの海に波を作るのを見ながら、私は唇に乗る単語を探した。
「……詰めが、甘かったと思う」
「なぜ」
 薄闇でさえ、琥珀色の瞳に見上げられるとどうしていいか分からなくなりそうになる。分からなく、なる。寝そべったまま手を伸ばされるのに、頬を寄せるこれが正解なのか。
 頬を撫でた手が、指先で耳を辿って項の生え際を掻き上げて引き寄せるままに私も身を横たえると、天草の羽織ったシャツから潮の名残が香った。きっと私の髪からも同じ香りがするのだろう。頬に、寄り添う半身に感じるシャツ越しの体温があたたかい。








 やがて陽が昇る。何度目かの、天草が誰をも救わない朝が来る。
 窓から忍び寄る朝焼けの気配は日に日に早くなっていて、泥濘のようなこの世界でさえ季節の移り変わりを私たちは忘れられない。
 これが夢十夜なら、あなたはきっと百年を数え間違えたりはしないのだろう。歩みを止めた日々を、救いを求めない日々を。
 そうだと思うなら私の作る世界にこんな朝はいらなかった。
「夜が明けますね」
 冷えた肩を抱く手の、指先までがあたたかい人の声がする。
 これが何回目の朝かと聞いたらきっとあなたは答えるのだろう。
「もう少しだけ、このままで」
 腕枕に擦り寄ったのは、眠気のためだけではないけれど。
 もう少しだけ、このままで。
 瞼を閉じる前、もう一度だけ仰ぎ見た窓の外には、白んだ空にぽつりと暁の星が光っていた。



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