部誌13 | ナノ


雨の日の花嫁



「おー、すげえ。ジューンブライドってやつか」

傘をくるくる回しながら、槍バカが感嘆の声を上げた。視線の先には教会を模した結婚式場。雨の日だからか、傘を差した参列者の数は少なく、寂しい結婚式だな、なんて他人事丸出しの感想を抱いていた。

「あれ、あの花婿、みょうじさんじゃん?」

祝福され、花嫁を腕に巻きつけて微笑むみょうじさんを見るまでは。

「――――なに、それ」

なんなんだよ、それ。
思考停止したおれを槍バカが揺するまで、おれはその場に立ち尽くすことしかできなかった。



みょうじなまえというひとがいる。
太刀川さんの同級生で、ボーダーのエンジニアをしてて、太刀川隊の勉強を見てくれたりする気のいいお兄さんで――おれ、出水公平の好きなひと、だ。

好きになった理由なんてたくさんあって、今ならひとつひとつ言っていける。けど、少し前のおれはまともにレンアイなんてしたことがなくて、無自覚にみょうじさんが好きだった。自覚したのは、お手製のイチゴジャムでパンケーキパーティーをした日から、で。
太刀川さんとみょうじさんは二人で馬鹿やってゲラゲラ笑ってるような、まさに悪友って感じで、おれにとって脅威でもなんでもなかった。二人の間に艶っぽいことなんかひとつもなくて、あるのは信頼くらいだ。

でも、二宮さんは違った。みょうじさんから二宮さんに対する気持ちは、多分太刀川さんに対するものと、あまり変わらないんだと思う。でも、二宮さんからみょうじさんに対する気持ちは――きっと、おれが抱くものと同じものだ。本人が自覚してるのかどうかは分からない。でも、二宮さんがみょうじさんに接するとき、とても丁寧で、普段の二宮さんからはちょっと想像できない感じだった。
まあおれは普段、太刀川さん相手に喋ってるとこばっか見てるからかもしれないけど。太刀川さんだもんな、仕方ないとは思う。聞けば、おれやみょうじさんだけじゃなく、二宮さんにもレポート手伝ってもらったことあるって言ってたし。

おれや太刀川さんに対してとは、何かが違った。言葉尻も、態度も、何もかも、みょうじさんに対しては、優しくて丁寧だった。特別なんだって、態度で示しているような、そんな気がした。だからこそおれは自分の気持ちを自覚したし、焦ったんだと、思う。
そう。おれは、焦ったんだ。だからいきなりみょうじさんの指先舐めたり、アプローチもせずにいきなり告白したんだと思う。自分のことながらあやふやで情けないけど、あの時の自分を分析すると、多分それが正しい。

だから、みょうじさんに避けられてるし、こうして大事なことも報告されずにいるんだと、思う。

「弾バカってみょうじさんのこと好きなん?」

「うっせバーカ……」

茫然と立ち尽くすおれを揺すり、殴って、それでも足を動かさないと気付くと無理矢理腕を引っ張ってボーダー本部まで連れてきた米屋が、ラウンジで凹むおれにジュースを奢ってくれた。いい奴だなお前……。
否定も肯定もしないおれを見て、諸々を察したらしい。へー、と無感動な声を上げて、ストローに口をつけた。ジュースをズズ、と啜る音が耳に響く。

「みょうじさんなあ……確かに優しいお兄さんて感じだけど。太刀川さん繋がりだっけ」

「そう……おれは柚宇さんに勉強教えてくれたりしてた……」

「そういや四月だっけ、作戦室でやたら甘い匂いで噂になってたけど、あれなんだっけ、パンケーキだっけ?」

「そう……みょうじさんがおれと柚宇さんと太刀川さんと二宮さんにイチゴジャムとパンケーキ作ってくれた……」

「女子力たけえ〜オレも食いたかった」

「みんなに言われた……」

米屋の言葉に、反射的に返しているけど、頭の中は疑問符でいっぱいだった。
なんで。なんで、結婚式?
だって、言ってくれたのに。考えさせろって、ちゃんと考えるからって、顔を真っ赤にしてさ。おれはもしかしたら脈ありかも、なんてどきどきして、待ってる、って応えたんだ。なのに、なんで。どうして?

なんでなんだよ、みょうじさん。

あれから会ってくれなくなった。太刀川隊の隊室には来ないし、探してもどこにもいない。開発室に顔を出してもいつもいなくて、避けられてるんだって、思うのは当然のことだ。でもみょうじさんは不誠実なひとじゃないから、絶対いつか、答えをくれるんだって、そう信じてたのに、なのに。

「お前の考えてること、なーんとなくわかるけどさあ」

槍バカが、握った拳をぐりぐりと頭に押し付けてくる。指の関節が当たって地味に痛い。

「テメェの好きになった奴、もっと信用したら?」

「―――――ああ」

信じたい、信じたいんだ。
信じさせてよ、なまえさん。

泣きたい気持ちを必死に堪える。机の上で頭を伏せて顔を隠したおれに、米屋はからかいの言葉ひとつなく、何も言わず頭を軽く叩くだけだった。

目を閉じて。
黒い視界の中、思い浮かんだのはやっぱりみょうじさんのことで。

そういえば、みょうじさんの白いタキシード姿、かっこよかったな。隣にウェディングドレスを着た綺麗な女のひとがいて、すごく自然な姿だった。
いいな。おれも、みょうじさんと並びたい。みょうじさんが白のタキシードなら、おれは黒かな。灰色のタキシードもあったよな。姉ちゃんの雑誌で見たことある。あれでもいいかもな。

――なんて。夢みたいなことを考えて現実逃避するけど、やっぱり夢は夢で。
胸が、すごく痛い。
唇を噛みしめて堪える。噛みしめすぎて血が出てきた気がするけど、それよりもずっと胸の方が痛いから、気にもならなかった。

「もう二度と手伝わねえからな!」

大きな声がラウンジに響いたのは、おれがあとちょっとで鼻水を垂らしそうな、そんな時だった。
余りにも大きな声と、聞き覚えのある声に思わず顔を上げる。半泣きの顔を槍バカに見られたかもしれないけど、そんなことには構ってられなかった。

「叔母さんに付き合わされるとまじで碌なことにならねえから嫌なんだよ! 自分とこの息子どうにかすりゃあいいだろ、顔面気に入らねえんだったら細工でもしてやれよ!」

電話の向こうの相手に噛みついていたのはみょうじさんで、髪も、白のタキシードもびしょ濡れだった。胸元のタイは外されていて、空いた襟元から見える鎖骨や、張り付いたシャツ、かき上げられた濡れた髪に、周囲の女子――だけでなく、男子からでさえ、感嘆の息が漏れた。それくらい、今のみょうじさんは、なんかちょっとやばい。

「えっろ。あれ大丈夫か?」

槍バカの漏らした声に全面同意だ。
一体何をしてるんだ、と馬鹿みたいに口を開けっ放しでみょうじさんに見入ってると、おれに気付いたらしいみょうじさんが、今にも舌打ちしそうな顔をふっと緩ませ、すぐにまた眉間に皺を寄せた。

「もう切る。いいか、二度はねえからな。これ以上すっと縁切るから。母さんにもそう言ってある」

電話口の向こう――多分、オバサン、の金切り声がおれのいる場所からでも聞こえてきて、みょうじさんは携帯からすぐに耳を離していた。クソババア、って声を通話口に吹き込むと、そのまま終話ボタンを押す。その姿になんとなく、周囲が拍手を送る。周囲からの拍手にみょうじさんがキョドってんのが、なんか笑える。

「出水」

びくりと体を震わせたのは、最終通告を恐れたからだ。でも、もしかして、って希望が胸をざわつかせる。だって、さっきの電話。期待するほは、仕方ないだろう?

「こっちきて。米屋、いいか?」

「ぜーんぜんオッケーっす。オレら駄弁ってただけなんで」

ひらひら適当に手を振る槍バカが、みょうじさんにウインクすると、おれの肩をばしりと叩く。いてえ。促されるようにのろのろと席を立つと、みょうじさんは冷たい手で俺の手を掴んだ。

「つめた……みょうじさん、手ぇめっちゃ冷えてる。風邪引かない?」

「あー、ごめん、冷たいよな」

「おれはいいけど、でもみょうじさんが」

「そういうのも全部後回し。ひとまずはこっち」

ずんずん進むみょうじさんの背中を、ひたすらに追う。みょうじさんの歩いたあとには水たまりが出来てて、どれだけずぶ濡れなんだって心配になる。その水たまりがなくなる頃には、目的地に着いた。太刀川隊の作戦室だ。勝手知ったる他人の家、とばかりに慣れた様子でみょうじさんは中に入り、みょうじさんの私物が置かれた場所からタオルを引っ張り出して拭いた。
おれはといえば、中に入るなり放された手首が、少しスースーして寂しい、なんて思ってしまっていた。少女漫画かよ。

「ごめんな」

謝られて、嫌な感じに胸が跳ねた。さっきまでの淡い期待を、叩き潰されてしまうのかもしれない。

「変に勘違いさせたかもしれないと思ったら、気が気じゃなかった」

ジャケットを脱いで、肩にタオルを置いたみょうじさんが、おれの唇を撫でた。親指の先には血がついてて、そういえばさっき泣くのを堪えるために噛んでたな、って思いだす。
ポタリと滴がみょうじさんの毛先から一滴、落ちる。まるでスローモーション。ドラマみたいな今の状況に、おれはどうすることもできず突っ立っていることしか出来ない。みょうじさん、かっこいい。今の状況だとヒロインはおれか。それはちょっとおれの理想とは違う気がする。

みょうじさんの顔が、近づく。呼吸と呼吸が触れ合って、それで。

「――これで、答えに、なる?」

「…………なる………」

頑張って堪えていたはずの涙の堤防は一瞬で決壊した。ぼたぼた涙が止まらなくて、そんなおれをみょうじさんは嬉しそうに見つめて、冷たい唇で滴のひとつひとつをすくいあげてくれた。

「すきだよ、出水」

「おれもっ、おれも、みょうじさんが、すき」

もっとこう、色んなことを考えていたはずなんだ。
告白したばっかりのころ、付き合うことになったらどんな関係を築けるんだろう、なんてことを、たくさん。みょうじさんが頼りになってかっこよくて、おれもそんなひとに釣り合うように、もっとかっこよくエスコートしたりリードしたり、色んなことを妄想したりしてた。結局みょうじさんに避けられてるかもって考えるようになってからは、全然だったけど。

自分の妄想と現実がかけ離れすぎていてつらい。
でもそれ以上に、幸せで幸せで、たまらなかった。

すきだ。
みょうじさんが、すきだ。
なんかもう、それだけで充分だと、そう思えた。



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