部誌13 | ナノ


雨の日の花嫁



 雨は好きだけど雨の日は嫌い。
 低気圧のせいか頭は重たいし、薄曇りは気だるくのしかかってくるし、湿気で髪の毛はうまくまとまらないし。
 マイルームの白色光さえ仮初めの器の目を焼くようで、タオルケットにくるまったまま私はつらつらと不満を零した。カルデアに日本の四季によく似た気候変動を再現した空調管理がなされているのがそもそも気にくわないけど。何故湿度を上げる。何故若干蒸し暑くする。外観を日本の森林に設定された職員のリフレッシュ用シミュレーションルームの一室は連日雨模様だというし、おかげで私は極北に来てまで梅雨に悩まされている。
「それでも雨は好きなんですか」
 ベッドが軋む僅かな音と、片側がほんの少しだけ沈むような感触。薄布一枚を隔てて、やわらかな声が頭を撫でる手と共に降る。なで、なで、とリズム良く撫でる手は慈しみというよりは宥めるそれに似ている気がして、私はむずかるように身を縮こめた。
「……綺麗、だから。あとは雨が降る前の湿ってひんやりした空気とか、窓の外の水滴の流れるのとか、雨の音とか、そういうのは好きなんだよ」
 でも、実際雨が降るのはめんどくさいから嫌い。
 そこまで一息に言うとなんだか余計に疲れてしまって、つい溜息が零れる。はあ。しかも聞いておいて、訊ねたほうは黙ったまま。答えたのは徒労か? ただ、ゆるいリズムで頭を撫でる手の温度はまるで「聞いていますよ」と言わんばかりだ。なまいきな。
 ああでもこのまま撫でられていたら寝るな、というか寝そう、と思い始めた頃。頭を撫でていた手がするりとタオルケット越しに頬を滑ってきて、眠りの淵に沈みかけていた意識が触れる手の意図を探しかねて覚醒。むくと身を起こすと、ベッドの縁に腰掛けた天草四郎と、想像よりも近いところで目が合った。ぱち、と白い睫毛が瞬きをすると頬に落ちる影の形さえ、分かってしまうような。
 頭に引っ掛かって半分視界を閉ざしていたタオルケットを、さっきまで私の頭を撫でていた手が、同じやさしさでずらす。その仕草に何かを思い出すより早く、天草の少年じみたかんばせがまじまじと私を見つめて「こうすると花嫁のようですね」と呟いた。
「寝ぼけているのか」
 思わず素で返してしまった。でも天草が冗談とも本気とも判断しがたい真顔なのが余計に意味不明だ。なにて?
「だいたい、こう、私が花嫁だとしたらシチュエーション的に、こう、……分かってる!??」
 天草が、こう、花婿……的な……そういうことになってしまうが分かって言っているのだろうか、分かって言っているなら嬉しいを通り越して困惑だし、分かっていなくてそんなことを言うのは女泣かせ、いや私泣かせが過ぎる。要教育になってしまう。
 行き場のない手をわななかせながらぶつくさぼやく私に対して、天草といえばはは、となぜか声を漏らして笑っている。はは、ではない。
「雨の日が嫌いだと聞きましたが」
「言いましたけど!?」
 だからなんだ、と天草を見る。その琥珀色の双眸に映る私は確かに、白い布をかずいた花嫁の、真似事くらいには見えるかもしれない。タオルケットというヴェールの下はドレスじゃなくて白いキャミソールだけど。それ以前に天草にこうして触れる私は、仮初めの器を得ているに過ぎない。
 真似事ばかりの私の頬に手を添え、天草四郎は信託を告げるように静かな声で言った。
「あなたの結婚式には雨が降ればいいですね」
 なんだその予言は。本当は私のことが嫌いなのか。訊ねようとした唇は、いとも簡単に塞がれてしまって結局言葉にはならなかった。

 この続きはもしかしたら雨の降る日に、白いドレスと白いレースのヴェールで。いやいやまさか、そんな。まるで夢みたいな。



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