部誌13 | ナノ


雨の日の花嫁



半年ぶりに足を踏み入れる部屋に、降谷がいま何の気兼ねもなく靴を脱いで上がれるのは、降谷からこの隠れ家を久々に使うと連絡を受けていた部下が、事前にきちんと掃除を済ませているのを知っているからだ。
肌寒い梅雨空を避けるように入った部屋は薄暗く、降谷は目についたスイッチを押して照明をつける。ぱっと部屋を照らす白い光のもと、埃のないよう清拭されたダイニングテーブルには、瑞々しい青色を輝かせるアジサイが活けられていた。
大きな花と葉が影を落とすテーブルの上には、USBメモリとスマートフォンが、静かに降谷の来訪を待ちわびていた。そのどちらも、公安へ準備を依頼していたもの。USBメモリには、降谷がいまバーボンとして追っている案件に関する情報が入っているはずだ。
スマートフォンを重石にする形で残されたメモには「幸運を祈ります」とだけ書き残されている。
入りが強く右上がり気味な、神経質な印象の文字。風見の筆跡だ。
この部屋を訪れたのが風見ということは、つまりこのアジサイを活けたのも彼ということになる。
その意図を察して口許で笑んだ男は、流れる動作で部屋の固定電話へ歩みより、暗記した数列をプッシュした。
何度かの待機音ののち、部下の硬い声が「はい」と出た。外にいるのだろうか、背後に雨音が響いている。
名乗らずとも、向こうは電話の相手を知っている。降谷は笑いを含みながら、「あれは皮肉か?」と問う。
あれ、の指し示すものを、風見はすぐに察知したようだ。花瓶に活けられたアジサイ。
「土によってその色を変える。あなたに相応しい花でしょう、あれは」
「しかし恋人から贈られてうれしいものでもない。不安に駆られてこうして電話をしてしまうくらいだ」
「ご冗談を」
電話口で、風見が笑ったのが伝わる。自分への絶対的な自信を持つ降谷が、風見の嫌味一つで揺り動かされることはないと、そうお互いに知っているのだ。
変化する花の色からとられた「移り気」という花言葉は有名だ。浮気を思わせる花をわざわざ置いていくなんて、優秀な部下の心意気に拍手を送らねば。今度会ったときは覚えていろよ。
「ちなみに、青いアジサイの花言葉を、もう一つご存知ですか」
降谷を自覚的に煽りながら、風見は更に言葉を重ねた。これ以上なにを言うつもりかと、降谷は好奇心ににやつきを抑えられずに、「知らないな」と答える。
大人の男たちが、不毛な言葉の応酬をしている。
「『あなたは美しいが冷淡だ』」
あなたにとても相応しいでしょうと、雨音のかかる声が、奇妙に婉美なものに聞こえた。



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