部誌13 | ナノ


雨の日の花嫁



 白い足袋を履いた爪先が、灰色の石畳に転がった砂利を蹴る。
 じゃらりと音を立てたそれが、脇道に同じように転がる石の群れに紛れて消える。
 随分と着慣れたはずの和装はただただ重く、白い着物の袖から覗く己の手は指の先まではたかれた白粉を反射して透ける様にぼんやりと輝いて見える。
 真っ白な角隠し以外は腰元の裾からわずかに覗く真っ赤な襦袢と口に引いた紅が一指し。
 霧雨が布を濡らすが、薄い雲の向こうから差し込む日の光に纏った白は眩しく、けれど俯いて先を行く巫女の赤い袴を見つめる視界は、酷く薄暗く感じた。

なぜ。隣を歩く紋付袴の黒さに何度もそう心の内が問いかける。
なぜ。隣で微笑む顔を見る度に彼ではないと何度も心が呟く。
なぜ。祝福する人達の声を聞く度に心に靄が立ち込めて足が竦む。

なぜ、私の名を呼ぶのがその声なのかと。幾度も私が私に問いかける。
なぜ、彼ではないのかと。問いかける。幾度も。幾度も。

 先を歩く巫女の赤い袴、着慣れたそれとは違う彩度の明るさに違和感を覚えて
 隣を歩く灰色の袴がたなびいて、その足さばきの不用意さに疎外感を覚えて
 差される傘の赤、己の纏う着物の白、隣に立つ紋付羽織の黒、石畳の灰色

 そこに諦めた振りをした心がいつも探している、淡い藤色を艶やかな牡丹の色を。

 つま弾いた砂利のような小石がまたひとつ、けれど転がったそれは音を立てずに群れに消えた。

あ る じ

 全ての音が朝霧のような雨に包まれて柔らかく消えた世界でまるで耳の傍で布のこちら側で、冷えた耳の天辺にその唇が触れたような錯覚さえ覚えさせる近さで声が聞こえた。

 重く垂れていた頭を思わず上げれば、覆い被さる角隠しがはらりと柔らかく地面に落ちる。
 わずかに驚いた皆の顔も分からぬまま、瞳は探す。

 晴嵐色の着物に黒紅の羽織、ふわりとわずかに翻った羽織の裏地は真っ赤な布地に胸に差したものと同じ艶やかな牡丹が咲き誇っていた。
 曲線を描いて揺れる美しい藤色の髪が、どれほどに柔らかいか震えた私の指先はとうに知っていた。

か せ ん

 朱塗りの柱と欄干に囲まれた神社を背に立つ姿に引かれるように走り出す。
 身を縛る布は重くいつもの袴を履いたような足さばきで膝を折れば、常の半歩も歩けぬ爪先が砂利道に取られてまろびそうになる。
 けれど無理矢理にでも次の足を踏み出せば前のめりに倒れかけた体を、鮮やかな香木の香りが包んだ。

 雨に濡れているように色彩のぼやけた体は今にも溶けて消えてしまいそうで、けれど己の腕を掴んだ手は確かに力強くその身を引きよせ確かにそこに居るのだと布越しにも伝わる温もりに、不意にほろりと、睫毛に溜まった雨粒のように涙が目尻から頬にひとつだけ零れた。

むかえにきたよ

あぁ

 貴方にこそ捧げたかった白無垢で、貴方にこそ捧げたかった名を告げる。



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