部誌13 | ナノ


なまけ者のボクと、君



「いいこいいこ、どうでもいいこ」

どこのフレーズだったか忘れたが、そんな言葉をSNSだか本だかで聞いた気がする。
その言葉を聞いて、なるほどなあと思ったものだ。
俺も、そうだったんだな、って。そう思ったんだよ。

親に愛されるという感覚を知らない。可愛がってもらった記憶は皆無で、親愛なんて抱けるような家庭じゃなかった。
幼い頃はそれが嫌で、愛情を必死にねだっていたような気もするが、それも遠い記憶の彼方だ。早い段階から捻くれた俺は、親の愛情というのものに期待を抱くのをやめた。

「みょうじくんのことが、すきです」

だからかな、俺はそもそも、愛だのなんだのってのに期待も、希望もなくて、今こうやって頬を赤く染めて、緊張にか俯く可愛いオンナノコに告白されても、1ミリ足りとも心が動かされないのだ。思うのは早く解放してくんねえかなとか、めんどくせえな、とからヤッたら満足してくれんのかな、とか、そんなことばっか。我ながら腐った人間だこと。

「俺は、好きじゃない」

好きでもないのにそばに置くのは、誠実じゃないと言われたからもうやめた。勝手にそばにいて、勝手にコイビト面して、勝手に幻滅したくせに、キレられて刺された俺に、懇々と説教した奴がいる。他人事だっていうのに、お願いだからやめてよね、と切実に頼まれたので、それだけは守るようにしている。

「だから、ごめん。あんたとは付き合えない」

ごめんね?
重ねて言えば、オンナノコは慌てたように首を振って走り去った。告白できて嬉しかった、それだけだったの、なんて綺麗事を吐き散らかしながら。

「……理解できねえ」

恋とか、好きとか、そういうのも、こんなクソみたいな人間に想いを寄せる、その心境も。
俺には全く、理解しようもなかった。


両親が死んだと聞かされたとき、一番に思ったのが「これからどうするか」だった。
両親の死を悲しむこともなかった。俺にとっては他人と同じ部類の人間だ。通学途中に懐いてくる猫が死んだ方がよほど悲しい。それぐらい、どうでもいいと思っていた、親だった。だから一番初めに、自分の行く先を思った。
何がなんでも行きたい訳でもなければ、どうしても死にたい訳でもなかった。つまり、どうでもいい。面倒くさい事態にさえならなければ、俺はこのまま、ゆらゆらくらげのように揺蕩いながら生きていければいいなあと、そう思った。幸い両親は保険に入っていたらしく、受取人は勿論、唯一残った肉親の俺。

遺産目当ての面倒な親族はいたが、どうにかこうにか、そいつらに世話にならずに生活できている。俺の年齢が成人に近い19歳というのもあったし、両親の死因が、近界民とかいうよくわからない生命体だったのもある。世界は今危機にあって、その危機を小さな島国である日本の、小さな都市である三門市に存在するボーダーとかいう機関が、未成年だった俺を保護してくれ、なおかつ弁護士を雇ってくれたのである。
普通ならそこまで面倒を見てくれる機関ではないらしいのだが、まあつまり、俺のどうしようもない両親の親族もまた、どうしようもない連中だったってことだ。親を亡くした子供の前で、引き取る・引き取らないの議論よりも先に遺産の受け取りの話をしているんだから、そのクズぶりはお察しってやつ。弔問にきたらしい幹部(今思えば、多分あれは唐沢さんだった)が電話一本で凄腕弁護士を呼んでくれて、俺はなんとかボーダーに保護されながら独り立ちできたのだった。

ボーダーに保護されるついでにトリオン量を測られた俺は、そのままボーダーに勧誘された。二つ返事で頷いたのは、ちょうどいいかも、なんて軽い理由から。
だってそうだろ? 生きるのも死ぬのも面倒なんだ。適当に生きて、適当に殺されればラッキーってなもんだ。だって俺には、生きる理由も死ぬ理由もないんだし。

適当に生きてるから、告白されてなんとも思わなくても、求められれば応えた。付き合ったり、セックスしたり、別れたり、刺されたり。どうでもよく生きてる割に波乱万丈で、なおかつ死ねてないのが笑える。別に生き残りたい訳でもないのになあ、なんでなんだろうなあ。

そうした俺の生死に、ひとりの少年が関わってることに気付いたのは、俺のコイビトを気取っていたオンナノコに刺された時だ。

「なんで死にそうになってるの」

少年と青年の過渡期、それくらいの年だと思う。見知らぬ少年に寝起きざま罵られて、俺に目を点にする以外の行動ができただろうか。状況が全く把握できず、瞬きくらいしかできない俺は、病室のベッド脇の椅子に座る少年の瞳が涙で滲んでいるのを、無感動に眺めていた。

「ちょっと目を離しただけで、なんで……」

ひどい。
そう言って、少年は声も上げず涙を零した。意味が解らん。ていうかそもそも、誰?
麻酔からか頭はぼんやりするし、身動きもとりづらい状況で、俺は一体どうしたらいいというのだ。ぼーっと少年を見つめていると、しばらくして泣きやみ、恥ずかしそうに目を逸らした。

「これからは、適当に誰かと付き合ったりするのは止めた方がいいよ。二股とか三股とかするのも。不誠実だし」

「ふせいじつ」

「そう。誠意がない。どうでもいいなら傍におくべきじゃない。でないとまたこんな目に遭うよ? おれのサイドエフェクトがそう言ってる」

サイドエフェクト、なんて口にしてるってことは、こいつもボーダー隊員か。
そういえば、ランク戦で観たことがあるかもしれない。俺は面倒で参加してないが、確か攻撃手の上位にいたはずだ。旧ボーダー時代からの古参で、確か名前が、

「じ、ん」

「――おれの名前、知ってるんだ」

そう、笑う顔が、どうしてか印象に残った。
儚いってきっと、こういう感じのことを言うのだ。

迅は額を俺の横たわるベッドに預けると、大きな溜息を吐いた。

あんたまでおれを、おいていかないでよ。

消え入るような声に、迅の師匠が亡くなっていたのを思い出した。頭を撫でたのはなんとなくで、びくりと大きく震えた迅は、そのあと多分、もう一度泣いた。顔をベッドに押し付けたままだったから、確かではなかったけど。薄情な人生を送ってきた俺は、慰めるとか、そういうのが得意ではなくて、途方に暮れて頭を撫で続けることしかできなかった。

それからというもの、迅悠一という少年は俺に関わってくるようになった。趣味は暗躍というだけあって、今まではこっそり俺を守ってきたらしいのだが、ちょっと任務で目を離した隙に死にかけたため、このままではいけないと発奮した。自衛させねば、という俺にとっては迷惑な目標を掲げだしたのだ。ことあるごとに俺に絡んでは、あれが駄目だこれが駄目だと指摘したり、世話を焼いたりしてくる。
いやもうほんと勘弁してほしい。お蔭様でオンナノコは寄ってこなくなったが、その分なんか変な女子たちに観察されるようになった。苦痛だ。俺と迅の間に愛なんてないから安心して欲しい。

間違いなく迅と俺に面識はなかった。少なくとも俺には、あの病院での邂逅以外には、なかった。なのにどうして、迅は俺にこんなに積極的に構ってくるんだろう?
まともな人間関係ってものを俺は体験してこなかったから、迅の思惑ってやつが理解できない。悪いものではないと、思う。俺に構ってくる迅は、飼い主に構ってほしい犬みたいな反応だから。あれが演技だってんなら、アカデミー賞ものだろう。

けど、結局。俺にはそれも、どうでもいいことで。
ただ、死ぬなら迅を庇って死ぬのが、一番いいんだろうな、と思った。そのサイドエフェクトのために、上層部からも頼りにされている迅だ。彼の死は、きっと地球規模の損失だろう。彼を庇って死ぬってのは、無駄死ににはきっとならない。栄誉の死ってやつなんだろう。そう思ったら、死ぬのも悪くはないかもしれない。

こんなことを考えていると知られたら、きっと迅はまた泣くんだろう。そう判断できるくらいには、俺は迅と親しく、なったのだろう。だからこそ、この考えは迅にだけは言えない。

なあ、迅。ごめんな。
やっぱり俺、お前が居ても居なくても、変わらない。変えられない。
生きるのも死ぬのも、面倒で仕方ないんだ。



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