部誌13 | ナノ


年に三度



やらかした。やらかしてしまった。

そう頭を抱えるも、時すでに遅し。
頭を抱える理由は、前日の夜に催された、会社の忘年会。
そこで浴びるように飲んだビール、焼酎、日本酒等々のちゃんぽん酒が原因の二日酔いが原因でもある。
いや、もともと俺は酒は好きなほうだ。しかし、昨夜はいささか飲みすぎていた。
初めての店だったが、料理も美味く、酒も美味かった。結果、飲みすぎた。
年内の仕事が、これでやっと終わった、という解放感からくるものだったかもしれない。
とにかく、大量に酒を飲んだのだ。

達也は徐々に昨夜の惨状を思い出す。いや、自分のやった謝罪すべき行動を、か。

同居人と住むマンションに、電車とタクシーを使って帰宅したころには、完全にできあがっていた。
むしろ、悪酔いになってきていた。
忘年会に参加するため、帰宅が遅くなるとは同居人には話してあった。
玄関で、視界がまともに把握できず、鍵を落としたり、鍵穴に鍵を差し込むことを失敗すること何度、というころに、玄関のその音で気づいた同居人が、わざわざ戸を開けてくれた。
おかえりなさい、と、言われた記憶があった。
だが、達也は自宅に着いたという安心感からか、急に吐き気をもよおした。
あれだけ酒を飲んでいたのだ、よく今までもっていたとも思う。
帰宅のあいさつをする間もなく、玄関からほど近いトイレへと、のろのろと進みだす。
だが、足元にいた、同じく飼い主の迎えのために玄関で待機していた愛犬が、達也を心配してか、進路方向をうろちょろしていたのが、いけなかった。
足元をよく見ていなかった達也は、愛犬に躓いて転んだのだ。
その衝撃が腹にダイレクトアタックし、そのまま嘔吐。
愛犬の無事を確認する間もなく、気持ち悪さを解消できた達也は、そのまま眠っていった。

酒に弱いわけでもないし、酒は好きだ。
かといって、飲みすぎてあの行動は、どう考えてもダメだろう。
と、酔っぱらっても記憶をなくさない達也は、昨夜の自分の恥ずべき行動の数々を思い出し、起き抜け早々、ベッドで頭を抱えた。

愛犬のマフィンは、健気に主人を気遣うように、達也の頬をぺろぺろ舐めている。
いつもなら、達也が起きたことに気付いたら、達也の胸へと飛び乗ってくるというのに。
そんな可愛い愛犬を、昨夜はもしかすると、踏みつぶしてしまったかもしれなかったのに。
ぐらぐらと揺れる頭を押さえながら、マフィンの体を撫でてやる。
痛がる様子はないので、昨日の達也が転倒したことで、怪我はしなかったのだろう。
よかった、と、とりあえず安心した。そして、ごめんな、と、声を出すのも苦しいのだが、ちゃんと言葉に出して、愛犬に謝罪した。

ここでようやく、隣のベッドを確認する。今まで怖くてできなかったともいう。
遮光カーテンが閉まっており、光源は天井の絞られたLED照明のオレンジ色の明かりのみ。
同居人はやはりベッドにはいなかった。
今は一体何時だと、サイドボードにあるはずの時計を見る。
頭をあっちへこっちへと動かすのが苦しい。
午前9時過ぎを指す時計を見て、達也はゆっくりとベッドから体を起こした。
服装は、いつのまにかパジャマになっている。きっと同居人が着替えさせてくれたのだろう。
その甲斐甲斐しさに、ありがたいと思うと同時に、申し訳なさがどっとやってくる。
とにかく、あいつにも謝罪しなければ。
その一心で、達也は痛む頭を押さえながら、リビングに通じるドアを開けた。
リビングはさすがにカーテンを開けていたらしく、一気に視界に入る光が増える。
それすら二日酔いの頭には苦痛で、思わず目をつむり、うぐぅと情けない声をあげた。
ソファーで新聞を読んでいた同居人が、新聞から顔を上げる。

「あ、おはよう。口の中気持ち悪いでしょ? ゆすいできたら」

いつもより抑えられた声量の、同居人の声。
怒っている声音ではなく、ちゃんと起きてきた達也の顔を見て、声をあちらからかけてくれた。
そのことにほっとしてしまった自分が、つくづく子供じみていて、情けなくて、申し訳なくなる。
スリッパを履いた足を引きずるように前へと進めて、同居人、もとい、弟の元へ向かう。

「きのうは、ごめん」

自分の頭に響かないようにと、小声でしか言えないのも心苦しいが、まずは心からの謝罪だった。

「マフィンにもごめんなさいした?」
「した」
「怪我はなかったみたいだったけど、やだよ。マフィンの死因がにーさんにつぶされた、なんて」
「ごめん」

寝室から一緒についてきたマフィンは、二人の間でしっぽを振りながら顔を見上げていた。

「じゃあごめんなさいもできたし、にーさんは口、ゆすぐなり歯磨きしてきてね」
「うっす……」
「何か食べる?」
「むり……」
「じゃあ湯冷まし用意しとくから」
「ありがとー」

背中をとんと優しくたたかれて、洗面所へと促される。
たしかに、口の中は、昨夜の嘔吐で酸っぱいままだ。
少しでも不快感を減らすため、達也は洗面所へと向かった。



兄が洗面所へと向かったのを確認してから、和樹はキッチンへと向かった。
マフィンも和樹の後ろをついてゆくが、和樹が向かう先がキッチンとわかったので、途中でストップして、反転。達也の方へ向かった。
和樹は、たしか梅干しがまだ残っていたことだし、梅湯にしてもいいかなあと考えながら、二日酔いの兄のためにせっせと動く。
祖母宅から譲ってもらった梅干しの瓶の中身の残量を眺めながら、和樹はふと思い出す。
夏以外は、あまり食卓での出番のなくなる梅干しだが、こうして梅湯を作るのも初めてではなかった。
達也か和樹が体調を崩したり、二日酔いだとかの時に、作っているこれ。
夏場は食欲をなくした和樹が二度、これを飲んでいて、今日は達也が世話になる結果だ。
来年は、今年よりも作る頻度が下がるといいのだけどな。と、早くも初詣でお願いする内容が決まった。



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