部誌12 | ナノ


私を殺して会いに来て



パチンと軽く手を叩く音が室内に響いた。
それはあの人が“いいこと”を思いついた時の合図。
室内にいるそれぞれがあの人へと視線を向ける。

「いいことを思いついたー」

ぴょんと座ってた椅子から勢いをつけて立ち上がり、人差し指を高く掲げてあの人は言う。

「ちちんぷいぷいー」

そんな陳腐な掛け声であの人自身がぼやけていき、再び焦点があった時には二人になっていた。
そんな光景に、あの人が増えたことに関して喜びの声をあげるものは居ても、驚きの声をあげるものは居ない。
この部屋はあの人の箱庭。大抵のことはあの人の思い通りになるのだから。

「じゃじゃーん。姫ちん1号と2号でーす」

どこか自慢げな顔で二人になったあの人はぐるりと部屋の中を見回し、満足げに笑った。
左側に立つあの人が掲げていた人差し指を地面に向け、再び頭上に掲げると、ずるりと床から扉が現れた。

「私はこの扉の向こうの部屋に引きこもりまーす」
「私はこの部屋の中に留まりまーす」
「この部屋に留まった私を殺さなければ、私は扉の向こうの部屋から出られませーん」
「扉の向こうの部屋に引きこもった私を救い出さなければ、私はこの世界を悪虐の限りを尽くして壊しまーす」
「制限時間は一週間!」
「私を殺して、私に会いに来てね!」

チャーミングにウインクをした二人になったあの人はそう言うと、同時にパチリと指を鳴らす。
それはまるで仕組まれた合図のように、ついさっき現れた扉の上に『世界崩壊まであと6日24時間00分00秒』なんていう表示が真っ赤な字で現れた。

「それじゃあいくよ!」
「準備はいいかな?」
「よーい!」
「スタート!」

元気に明るく二人になったあの人はそう高らかに宣言し、一人はスキップをしながら扉の向こうへ消えていき、もう一人はどこからともなく子供のおもちゃのような魔法のステッキを取り出した。
あの人の宣言した合図に合わせるようにどこからともなく鐘の音が部屋中に響き渡る。

「よーし!みんなには姫ちんからとっておきのプレゼント!」

あの人が魔法のステッキを一振りすると、それぞれの手元に得物が現れる。
それはそれぞれの手にしっくりと馴染む、この部屋にたどり着く前に持っていた物。もう二度と手にしなくても良かったと誰もが思っていた物。

「い、いやよ!姫、なんで!どうして!もうこれを使わなくていいって言ったのはあなたなのに!!」
「うーん。でも、姫ちんはそれを持った君と戦いたくなっちゃったの。ごめんね?」

悲鳴のような声で訴える少女にあの人はこてんと首を傾げてから、茶目っ気たっぷりに笑いかけた。
そんなあの人を受け入れられないのか、泣き叫びながら少女は蹲る。
そんな少女に気遣わしげに声をかける者。再び手にした己が得物の点検を始める者。どうしようかと周りの様子を伺う者。
それぞれが思い思いに動き始めていたが、誰もあの人に得物を向ける者は居なかった。

「ねぇ、みんなー?姫ちんと戦おうよ」

無邪気なあの人の声が響く。
けれど、誰も得物をあの人に向けない。

「もー。しょうがないなぁ。じゃあ、姫ちんと一番戦う気のない君からバイバイしよっか」
「え?」

蹲って泣いていた少女の元にスキップをしながらあの人は行き、にっこりと笑いかける。
少女に向かってあの人が魔法のステッキを一振りすると、ぱんと軽い音がして、少女は弾けた。

「ほらほらー。みんなー。早く私を倒さなきゃー。私の大事な子達が、どんどん居なくなっちゃうよー?」

にこりと笑って室内を見回すあの人は、確かにいつものあの人そのもので。
それは、七日間に渡る悪夢の始まりでしかなかったのだ。



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