部誌12 | ナノ


流星群



「実際に見たことはないんだけど、綺麗なんだよ」

年若いマスターがそう言って動画を見せてくれたのは、狭い画面の中で流れていく星々の瞬きだった。

「いつか、本物を見てみたいなあ」

憧憬混じりの溜息が、何故か胸に響いた。




その子供に出会ったのは、本当に偶然の産物だった。

頃合は夕方。夕日など差し込むはずのないカルデアの、吹雪が見える大きなガラスのある廊下を、ロビンフッドは歩いていた。喫煙室から食堂に向かう途中で、煙草の香りを払うように、ぱたぱたと服を叩く。

英霊として召喚されて、どれぐらいの月日が経っただろうか。厭世的にカルデアを眺めていたロビンフッドも、新たなマスターの気概に触れ、ここに居るのも悪くはないんじゃないかと、思うようになってきた。
ロビンフッドの現在のマスター、藤丸立香は、子供らしい正義感と、子供らしからぬ使命感で以て、未来と現在を守るために次元を超えて戦っている。魔術師の家系でもない彼が、命を懸ける戦いに日々明け暮れている様を間近で見ていると、拗ねている場合ではないと思うようになった。
マスター適性なんて訳の分からないもので僻地に飛ばされた無垢な学生の双肩に、世界の行く末が委ねられている。現状マスター適性を持っているのは彼だけであり、彼なくして英霊はその存在を保つことは困難で。
守られるべき子供だったはずだ。課された重圧に潰れてもおかしくはない。それでも未来を諦めず、懸命に前を向く姿に、絆されるなという方が難しい。

正義の味方なんてガラじゃない。けれど彼の戦いの一助になれるのであればと思い、戦場を駆け、今がある。カルデアの特性で、かつての聖杯戦争では考えられないほどの数がいるカルデアは、存外居心地がいい。
マスターだけでなく、カルデアで働く職員たちの人柄もよく、人間も捨てたもんじゃないなと思っていた矢先のことだ。

今のカルデアに、赤ん坊はいない。
もともとは研究施設だったこの場所に子供が存在するはずがなく、妊娠中の職員がいたなんて話も聞いていない。

――では、この子供はなんだ?

年の頃は3つほど。よたよたと歩くその姿は、逆にロビンフッドの危機感を煽った。目の前にいる子供が敵性生物でない保障など、どこにもないのだ。咄嗟に攻撃態勢に入ろうとしたロビンフッドだったが、馴染みのある声に阻まれた。

「ああ、いたいた、こんなところに……ってあれ、ロビン?」

子供を追いかけていたのはロビンフッドのマスターそのひとで。きょとんとした顔で子供を抱き上げる様子から、その子供が危険なものではないと知れた。
過剰反応してしまった自分を恥じつつ、それを隠すように訝しげな顔を作る。訝しく思っていたのは事実なので、何もおかしいことはないはずだ。

「マスター、なんですかい、その……」

「ああ、この子? ええと、なんて言えばいいかな……」

言いづらそうに言葉を濁したマスターだったが、子供を見、ぎゅっと抱きしめる力を強くすると、ロビンフッドを見て微笑んだ。

「この子はね、マシュの、『お兄ちゃん』だよ」

その微笑みは、痛みを隠しているかのような、ひどく出来の悪い笑みだった。
思わず言葉を飲み込む。何かが口をついて出そうだったが、何を言うべきか、何を言っていいのか分からなかった。
マスターの第一のサーヴァント、マシュ・キリエライトの出生は、ロビンフッドも知っていた。けれど彼女が幸せそうにマスターを慕うから、その出生の惨さを実感できないでいた。

ああ、そうだった。そうなのだ。
善良な人間はどこにでもいる。それと比例するように、クソみたいな人間も、どこにでも、山のようにいるのだ。
英霊とはいえ、もとは人間だ。人の形をし、人としての生涯を終えたものがほとんどで。
人理修復などという大任を負ったマスターも、その手助けをするカルデアの職員たちも、当たり前のように人が良かったので、忘れてかけていた。
極悪非道な人間は、そこかしこに存在するのだと。
ロビンフッドこそが、かつての人生でそれを知っていたはずなのに。

「ろー、ろ、びん?」

「そうだよ、あのお兄ちゃんはロビン。ロビンフッドっていうんだ」

「ろびん! とー、りっか!」

「リッカじゃなくて、リツカ。りー、つー、かー。言えるかな?」

「りっか!」

「うーん、なかなか覚えてくれないなあ」

苦笑しながら子供をあやす姿を見て、その子供が悪い訳ではないのだと、改めて思う。思うけれども、その醜い人間の所業のなれの果てが子供を象っていると考えてしまうのだ。
説明するからついてきてほしいというマスターの言葉に従い、その後ろを歩いてはいるものの、ロビンフッドは二人の姿を直視することはできなかった。ほんとうに、人間ってやつはどうしようもない。
欲にまみれ、目的のためには人道に悖る行いも躊躇しない人間がいるという事実に吐き気がしそうだ。人類が発展すると同時に、下劣な行為も進歩する。その最たる結果が、目の前にある。人の形を、成している。戯れるマスターと子供の姿は、平和な日常そのものといった様子なのに、実際はどうだ。反吐が出そうな現実がそこにある。

辿りついた先は食堂で、いつもの騒がしさはそこにはなかった。どこか重苦しい空気を纏っていて、マスターに抱かれた子供の正体を、誰もが知っているのだと判る。

「あ! ましゅ、ましゅいる! ましゅー!」

マシュの存在を確認した子供が、足をじたばたさせて降りたがっている。危ないから、と言いつつマスターが子供を下ろすと、一目散にマシュの元へ駆けて行った。頭が重いのか少しふらつきはするものの、迎えようと椅子から立ち上ったマシュの足に抱きついた。

「兄さん」

初めて出会う自分より幼い存在に戸惑っているのか、はたまた自分より幼い兄に戸惑っているのか。ぎこちない笑みを浮かべたマシュが、マスターより不安定な様子で子供を抱き上げ、また椅子に座った。マシュの膝の上で満足そうな顔をした子供は、机の上に置かれたお菓子に手を伸ばし、半分齧るとマシュに差し出した。

「ましゅ、これおいしいよ! ん!」

「でも、それは兄さんのおやつですから」

「おいしいのははんぶんこなの!」

「兄さん……」

マシュの呼ぶ子供の呼称さえなければ、平和なワンシーンだ。歪な兄妹の様子に、多くのサーヴァントたちが沈痛な面持ちを見せた。

「彼が目覚めたのは、本当に偶然でね」

そう口にしたのは、カルデアの技術局特別顧問のレオナルド・ダヴィンチだ。不本意を隠しもしないで、そのしなやかな親指の爪を噛んでいる。

「私も存在はしっていたけれど、詳しく関わっていた訳じゃない。だって胸糞悪いだろう? それに、私が召喚された頃には、彼の存在はすでに存在していた。試験管の中で、だけどもね」

人間と英霊を融合させることで、英霊を人間にするための存在。そのために作り出されたデザイン・ベビー。
その失敗作のうちの、ひとり。

「マシュがそうであるように、彼の存在も不安定だ。あそこまで成長し、かつ試験管の中で生かされていたということは、なんらかの実験に付き合わされたのかな。詳しいデータが碌に残っていないから、なんとも言えないのが現実だ。口惜しいことにね」

試験管の中にいれば、まだ生きられたのかもしれない。眠りについたまま、何年も。しかし、果たしてそれは、生きているといえるのだろうか?

「何も知らず死んでいくよりは、ずっとマシなんじゃないかと、私は思う。これは私のエゴでしかないし、彼が目を開き、私をその瞳に映し、手を伸ばして微笑んだのは、本当に偶然でしかないけれど、だからこそ思うんだよ。こういう運命だったんだって」

運命なんてクソくらえだ。陳腐な言葉でしかないその言葉だけれど、今回ばかりは、その言葉に縋りたい。

だって、何も悪くない。
彼の存在は、哀れではあっても、悪では決してないのだ。

「ろー、びん!」

いつの間にか、小さな子供がロビンの足に抱きついている。
どんな大人かもしれないというのに、ロビンを見上げ、嬉しそうに微笑む子供の姿に、どうしてか泣きそうになった。
子供の瞳は食堂の光を反射してきらめき、どうしてか、マスターと見た画面の向こうの流星群を思い出させた。

流れゆく流星群が、星々が死ぬ最期の瞬きを表しているのだとしたら。
その類似は、どうしようもないほどに儚く、哀しかった。



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