部誌12 | ナノ


○○始め



『ハッピーニューイヤー#neme#。突然で申し訳ないのですがヒメハジメというのを知っていますか』
 新年の挨拶と共に爆弾を投げつけてられた男からのLAMEは起き抜けの頭ではすぐにか理解できなかった。
 ヒメハジメ。間違いでなければ俺の母国の言葉だ。しかも下ネタ的な意味で。
 何度も文字の羅列の見間違いなのではと確認する。だが、何度読んでもヒメハジメ。意識を覚醒させるには十分な威力があった。
「……朝からハードモードつれぇ」
 このまま見なかった振りをして寝たい。しかし、馬鹿な俺は寝ぼけていたせいで既読してしまった。このまま既読スルーを続けたら怒涛の新着地獄が来るのを今までの経験上学んでいる。最悪家まで押しかけられる。そういう男なのだ、クラウス・V・ラインヘルツという男は。
 昨日から寝正月とうきうきしながら惰眠を貪る気満々でいたというのに男のせいで全て台無しだ。
(これ、返答次第で絶対面倒になるよなぁ)

 @素直に教える→ならば実践しようと家に押しかけてくる。
 A適当に誤魔化す→質問攻めの末に物議を醸すために押しかけてくる。
 B知らないと嘘をつく→誰かに聞いて以下略。
 C無視を決め込む→地獄の連投の末に以下同文。

 結論:間違いなく家に来る。

 完璧積んでるではないか。新年から激しい頭痛が突如襲いかかる。
 それは避けたい。なんとしてでも避けなければならない。もうこの際アカウントを変更したのになぜ知っているのかは無視だ。
 どう返答するべきか頭を悩ませている間にも『確かヒメは日本語で姫という意味のはずです』『一体姫君は何を始めるのでしょうか』『返答お待ちしております』と連投されている。まずい、このままだとルートAに行ってしまう。
 これ以上は待たせてはならないと判断し、普段の倍の早さで画面をタップする。
『ハッピーニューイヤー、その言葉どこで覚えたんだ? いまどきそんな言葉使うやつ見かけないぞ』
 さりげなく話題を変えるだけではなく、会話を続けながら準備に取りかかる時間も手に入れる作戦だ。準備? もちろん家を出る準備だ。全ルートで押しかけられる運命なのだから家に来る前に逃げれるしかもう自分には残されていない。気分はまるで夜逃げ、新年から逃げる算段を立てるなんて災難な始まりではないか。
 コミック顔負けの早着替えを済ませ、昨晩投げ捨てた服に袖を通す最中に新着の知らせが届いた。

『部下が教えてくれました。』
『なんでも新年明けてすぐの恋人たちのイベントだそうですね。』
『詳しい話は#neme#が教えてくれるといっていました。 』

(ぶ、部下〜〜〜〜あながち間違ってはないがなんで俺に丸投げした部下〜〜〜〜!!!)

 余計な知識を与えた部下に今年一番の殺意を抱いた。だがそれ以上にこいつの中では俺を恋人認識しているという事実をさらりと突き付けてくる恐怖のほうが上回った。いっそその場で頭を抱えて膝を付いてしまいたい。しかし、いま逃亡の時間が遅れてしまうのを思うとなんとか踏み留まることができた。恐怖で泣くのも震えるのもあとで出来る。それよりもこの男から逃げ切るほうが最優先だ。
 着替えを終え、必需品だけポケットに入れれるだけ突っ込む。人間追い詰められると冷静になれるようで、必需品の選定をしながら片手でスマフォを弄った。
『恋人同士のイベントかは知らないが、世間一般だと新年に男女が柔らかく焚いたライスを食べる日だぞ』
『恋人でもなければ男同士の俺たちには関係のない話だ』
 無意味だとは分かってはいたが、一応念を押して釘は指しておく。適当に流して変な解釈をされたら堪ったものじゃない。それに間違ったことはいっていない。あくまで一説、そして男女間でしか成り立たない行事だといっておけばあっちも素直に納得してくれるはずだ。最後に用事があるとそこで話題を切って終わりにしてしまおうとタップを押そうとしたら脅威の早さで新着が届く。

『そうなのですね、ですが調べてみたらその諸説以外に新年始めに行う性交のことも指すそうです。』
『ちなみに男性同士であれば菊始めと呼ぶそうです。花に例えるなんて日本語は情緒に溢れていますね。』
『でもなぜ菊なのでしょか?』

(尻 の 穴 の こ と だ よ ! ! !)

 ここで大声で叫ばなかった自分を褒めてやりたい。あの野郎、最初からそのつもりで送ってきやがったな!!天然な振りしてとんだムッツリ策士ではないか!!
 そうとわかっていれば最初から無視して逃亡を謀ればよかったと今更後悔してももう遅い。だとすればこの男のことだ、目的が決まっていればもう行動に出ている。そのまま家に連れ去るか、それともここでハメ込むか、いやいまはそんなことを考える暇はない。あの男がここに来る前に一秒でも早くこの場から去らないといけない!
 必需品選定も済ませた。スマフォを置いていくべきか悩んだが、GPSで調べられて見つかる可能性を考えれば置いていくしかなかった。つかの間のスマフォとの別れを数秒惜しみ、テーブルに置こうとした瞬間、その数秒の無駄を後悔する。

『話が変わるのですが偶然にもいま#neme#の自宅前にいます。よろしければ一緒にブランチはいかがでしょうか?』

「……は?」

 ピンポーン。
 その文を認識する前に、家のインターホンが無慈悲にも鳴り響いた。



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