部誌12 | ナノ


今夜も一杯どう?



男の癖に、線が細いなと、思ったのが第一印象だ。
少しだぼついた制服が、その印象を際立たせていたのだろう。新しい場所にきて、不安そうにきょろきょろしているもんだから、目についてしまった。気が弱そうに見えるのに髪色はうっすらと青く染まっていて、ギャップがありすぎて周囲から視線を集めていた。自分が悪目立ちしていても、その原因が何なのか、恐らく自分でもわかっていない。
ボーダーには女性も数多く所属していて、男社会って訳じゃない。それでもこいつは、こう、ボーダー内の男どもの間で波乱を招きそうだなと、思ったのだ。

「よお、新入りか? 目立つ髪してんな」

「えっ、あ、の、これは、姉が無理矢理」

自分でも見目がいかつい自信がある。そんな男に突然話しかけられて、めちゃくちゃビビってるのが哀れっぽくて、こいつを野放しにしてはダメだと、諏訪洸太郎は切に思った。

年下の、ちょっと頼りない後輩。こいつが本当にボーダーでやっていけるのか不安で、面倒を見ることにした。




みょうじなまえという人間は、一見するとチャラついた姿形をしている。
髪色は季節によって変わるし、毛先はほどよく遊んでいるし、爪はマニキュアで綺麗に染まっているし、耳にもピアスの穴が複数存在する。ネックレスやごつい革のブレスレットや時計など、チャラついてはいるがおしゃれな服装ばかりで、ダサいなんて言葉とは無縁だ。
本人の性格といえば、臆病で慎重。かと思えば臨機応変に行動することもできる。見た目に反して穏やかな性質なのだが、外見と中身のギャップに損をしていることの方が多い。彼の容姿は洒落者を気取る彼の姉によるコーディネートらしく、頭の先から爪の先まで、彼の姉の手が入っている。怒りっぽいらしい姉と暮らしているからか、気遣いもうまく、気が利くし空気を読むのもうまい。それくらい、みょうじは姉に頭が上がらないのだ。本人はいたって勤勉ではあるが、その格好から来る印象故に、たまにかけているオシャレ眼鏡が実は度入りであることを知る者は少ない。

臆病で慎重なみょうじが攻撃手などになれるはずもなく、かといって狙撃手のようにずっと冷静で居続けることが難しく、トリオン量も膨大ではない。みょうじが銃手を選ぶのは簡単に想像できた。それならば、諏訪も彼の手助けができる。せめてボーダーに慣れるまでは、と面倒を見るつもりが、こうしてだらだらと彼が大学生になった今もつるんでいるのである。みょうじの近くは、いやに過ごしやすいのだ。それは彼自身の性質によるものだろう。

「お前ももう成人か」

「なんですか、いきなり。おじさんみたいですよ、諏訪さん」

「誰がおっさんだ」

自分が成人するときはなんとも思わなかったのに、後輩の成人がこんなに感慨深いものだとは思いもよらなかった。諏訪の部屋で宅飲みしながら、時間が過ぎるのは早いと、それこそ本当におっさんのようなことを考える。
がむしゃらにここまでやってきた。遊び半分で入ったボーダーなんていう組織で、世界を守るために真面目に取り組んでいる。いまだB級の身ではあるが、それなりに役立っていると、ようやく実感できるようになってきた。諏訪の先輩の東春秋のように弟子なんて大層なものはいないが、指導する立場になった。戦闘の最中も、諏訪が指揮をとることも増えてきた。
それは諏訪の実力が認められているからこそ、だ。そのことが、嬉しい。真剣に取り組んできたことで、自分の成長を確認できる。それが、この上ないほど心地よい。

みょうじは、諏訪が初めてまともに指導した人間だった。みょうじに出会った当初、諏訪は自分が人に教えられることなんてそう多くはないと思っていた。だからみょうじに対しては、さぐりさぐり教えていくことにした。C級の頃から、自分で考えさせることを念頭に、反省会という名でみっちり指導した。それはみょうじが諏訪の所属する隊とは別のことに入隊したあとも変わらなかった。
みょうじは頻繁に口にするのが、「諏訪さんがいなければここまでやってこれなかった」だ。何度もそう謝意を述べてくれるものだから、諏訪もみょうじの指導ができてよかったと何度も実感する。人にまともにものを教えたことがない諏訪だったが、なんだかんだで根負けせず頑張ったみょうじがいたからこそ、他の隊員たちに指導することも容易になった。
諏訪にとってみょうじは、言い方は悪いが試金石であり、導でもあった。所属する隊のランクは低いものの、一人前として扱われるようになってからのみょうじは、諏訪の自慢である。なんて、口が裂けても本人には言えないが。

そんなみょうじが、見事成人である。感慨深くなるってもんである。

「諏訪さん、酔ってます?」

「酔ってねえよ」

「いやいやいや」

「酔ってねえっつーの」

「いや、なら別にもうそれで、いいですけど」

投げやりにそう言い放ち、缶チューハイに口をつけるみょうじの耳が何故か赤くなっていた。諏訪に比べて酒量が少ないはずなのに、もう酔ったのだろうか。真っ赤な耳朶にきらりと輝くジルコンのピアスは、姉からのプレゼントだそうな。相変わらず仲のいい姉弟である。

「お前、酔うとどうなんの?」

「そんな数飲んでないからわかんないですよ……お神酒くらいでは酔わなかったですね。昨日日付が変わった瞬間に姉に飲まされましたけど、多少眠くなるくらいで」

「へえ」

スローペースでのんびり缶チューハイを愉しんでいるみょうじではあるが、ビールはまだ飲めない子供舌だ。みょうじのために大量に買い込んだビールは苦みが苦手だという理由で拒否されたので、仕方なく、本当に仕方なく、諏訪が消費している。ハイペースで飲みすぎたきらいはあるが、勿論まだまだ酔っていない。まじで。
小腹が空いたと買ってきたつまみはすでに食べきってしまった。空きっ腹にビールは堪える、気がする。しかしこう、アルコールで腹の底がカッと熱くなるのは心地よくて、炭酸で膨れた腹を酷使するように、次から次へと飲んでしまう。ビールおいしい。

「酔ってもいいですけど、ゲロ吐いたりしないでくださいね。そこまでの面倒見切れませんからね」

「だぁらおれは、よってない、つうの」

「酔ってない人間ほどそう言うんだよなあ……」

深い溜息が隣から聞こえてきたが、諏訪のつるっとした思考では溜息に対してどうこう言えなかった。うう、と唸りながら卓上に頭を預けると、みょうじが諏訪の手からビールの缶を抜き取り、手の届かない遠い位置に置いた。

「ぁにやってんだよ……おれぁまだ飲むぞ……」

「諏訪さん、酔っても記憶残ってるタイプでしたっけ? 多分あとでめちゃくちゃ後悔するからもうここで止めといた方がいいです」

「うるせえ! まだ飲む!」

「はいはい、ねんねねんね」

肩に毛布を掛けられて、ポンポンと毛布越しにみょうじが諏訪の背中を叩く。そのリズムがどうにも気持ちよくて、気づけば諏訪は、促されるままに眠りについていた。



眩しい。
目覚めて一番初めに抱いた感想はそれだった。真っ白な太陽の光が、諏訪の頭痛を誘発する。さらには吐き気まで襲ってきて、寝起き早々完全なグロッキーだった。

「諏訪さん、キッチン借りてます」

「お? あー」

適当に返事を返すが、誰からの言葉に対する変動なのかわからない。とりあえずは近くにあったゴミ箱を抱え、いつ吐いてもいいようにスタンバイする。酔いやすい体質の諏訪にとって、無意識にこなしてしまう程度には慣れた行動だった。

「はい、味噌汁。インスタントのしじみ汁あったんで」

「悪ぃな、みょうじ……」

そう、そういえばそうだった。みょうじを諏訪の部屋に呼んで、成人を祝う宅飲みをしたんだった。霞みがかっていた記憶が段々蘇ってきて、諏訪はそのまま枕に顔を埋めて憤死しかけた。なんという恥。

「おお、しにてえ……」

「もしかして昨日のこと思い出しちゃいました? おれも尊敬する先輩にそこまで思ってもらえてうれしいです」

「いっそ殺せ……」

酔っぱらった思考で思ったことを全部端から端まで口に出していた諏訪である。普段は死んでも口にしない感謝の念とかあれやこれやを全部、口に、出して、いた。
しにたい。

「なまえクン、今夜も一杯どう?」

「迎え酒ですか? 止めといた方がいいと思いますけど」

「うるせえ。俺かお前のどっちかが記憶なくすまで飲むぞ」

羞恥で赤く染まっている顔面の熱さと赤さを自覚しながら、諏訪は今日は風間もレイジも連れて来よう、と決意した。幸いビールはまだ山のようにあるし、三人がかりで酔い潰せば記憶も飛ぶだろう。ていうか、飛んでくれ。


みょうじなまえはザルを通り越してワクであることを諏訪が思い知るのは、年上の三人がよってたかって年下の成人したての後輩に介抱された、少しあとのことであった。



prev / next

[ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -