部誌11 | ナノ


残り香



 ヘルサレムズ・ロッドで知り合ったなまえという男は、この街で自由気ままに生きてきたザップでさえも随分と変わった男だと認識する程だった。
 変わっているといっても、この街では当たり前のように闊歩している異界人のように、脳みそが剥き出しになっているわけでもなければ指が触手だったりなんてこともない。
 少し前にザップの後輩になったレオナルドも神々の義眼なんてものがなければただの一般人でしかないが、なまえもまた、レオナルドと同じような雰囲気を持つ男だった。もっとも、なまえはレオナルドのようにお人好しでもなければ無条件の優しさも持ち合わせてはいなかったが、間違いなく明るい太陽の下でぬくぬくと育ってきたようには見えないのに、なまえからはレオナルドと同じように、血の臭いがしなかった。ザップが番頭と呼ぶスティーブンと同じように笑うくせに、だ。

 そんな男と出会った切っ掛けも、度々会うようになったのも詳しくは覚えてはいない。ただ、いつの頃からかなまえを見るとむくむくと湧き上がるのは性欲ばかりで、どれだけ愛人と楽しい時間を過ごした後でも、なまえを見ると反射とばかりにザップの股間が反応した。

「ヤりてぇ」
「? 今からするだろうが」

 なまえと会ってすることはいつだって同じだ。
 キスして、服を脱いだり脱がしたりして、気まぐれにまたキスして、ツッコむ。何をって、ナニを。
 そこに愛の言葉なんていらないし、優しく触れることも、労りも、ザップの覚えている限りではしたことはない。ただ本能のままに動くだけのセックスを、もう何回も繰り返していた。

 手を出したのもどちらかだなんて覚えていない。
 ザップからだったかもしれないし、なまえからだったかもしれない。もしかしたら流れでお互いが同時に手を出した可能性もある。それ程までにザップは手が早い自覚はあったし、なまえも戸惑った素振りなど見せなかった。
 もっとも、手が早いという意味は女を相手にする時に使うものだとばかり思っていた。だって、女の方が柔らかいし、甘い匂いがするし、なにより気持ちがいい。甘い言葉を囁いて、気分を損ねないように可愛がる。どの愛人にも求められたものだが、それを負担に思ったことはなかった。時折、刺されたり呪われたりもしているが、寸でのところで今もこうして生きている。まぁ、ギリギリ。
 男だなんて冗談じゃない、絶対にありえないと思っていたのに今では男であるなまえを抱いているし、それが当たり前になっている。女を抱くことはやめられないが、なまえを抱かない選択肢もザップの中にはなかった。

「ほらザップ、ヤろうぜ」
「……おう」

 甘い雰囲気もなければ、空気もない。
 女のように柔らかくもないし、突っ込んでしまえば気持ち良くはあるが、女と比べればそこに到るまで時間も手間もかかるのが男の身体だ。
 優しさはなく、ただ本能のままになまえを荒々しく抱いた後は必ずなまえは意識を飛ばした。もともとの体力が違うのだから仕方がないが、ナマで突っ込んだ後の処理もせずにそのまま寝てしまうことの方が多いのに、それについてもなまえに文句を言われたことはない。

「……そりゃあなまえは愛人とは違ぇし。そもそも愛人じゃねーけど」

 関係性をなまえにして置き換えるなら、セックスフレンドというやつだろう。
 身体に精液をつけたまま意識のないなまえの身体のあちこちに赤い印が散らばっている。女の身体には決してつけることはない噛み跡も、その際に出来たであろう血の跡も何もかもが残っていて、つけたザップでさえ痛々しく見える。最中は興奮しているせいかそんな跡をつけた記憶はない。でも、跡を残したのは間違いなくザップだった。
 そんな痛々しい跡があっても治療も消毒もしたことはない。もともとクズだのなんだのと言われてはいるが、なまえに関しては自覚する程にザップは酷い男だった。痛々しいなまえを前にしてもその姿にさらに興奮し、腕の中に閉じ込めることによってようやく満足して眠るのだから。

 ザップは生い立ちのせいか、完全に寝てしまうことはない。というよりも、眠りが浅いだけなのだが、それでも記憶がない時も確かに存在する。
 しかし、微かな気配でも起きることができるザップでも、なまえを相手にした時だけはそれが働いたことがなかった。ほんの僅かな時間のまどろみでさえもその隙をついて、なまえはいつだってザップの腕の中からするりと逃げる。寝る前にどんなに強く掻き抱いて寝ていたとしても、ザップが目を覚ますとそこには汗と精液の臭いだけが部屋に広がっていて、なまえの姿はどこにもない。
 ザップに愛人は沢山いるが、朝まで共に過ごさないなんて有り得なかった。ザップが寝坊していつまでもベッドの住人だったとしても部屋のどこかには必ず愛人がいて、部屋に残されることはないからだ。

 しかし、なまえと寝た時はだけはそれに当てはまることは無い。シーツに残るなまえの匂いも、汗も精液も何もかも、なまえの痕跡は確かに残っているのに気付いた時にはいつだってなまえの姿はどこにもなく、ザップはいつも一人きりで朝を迎えた。

「……くそったれ」

 一人の朝に慣れつつあるのに、ザップの胸の中には虚しさばかりが残る。なまえをめちゃくちゃに抱いた時だけは欲を満たすことが出来るのに、朝になれば簡単にすり抜けていくなまえを捕まえておくことができないもどかしさと、隣に誰もいない寂しさだけはいつまで経っても慣れることは無い。

 それでもなまえを抱くのを止めれらない。
 気持ちいいからなのか、それ以外の何かかはザップ自身にはわからない。
 ただなまえを抱いた朝の目が覚めた時だけは、ザップはなまえを抱いた事を、いつも少しだけ、後悔する。



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