部誌11 | ナノ


9月のおでん



「この残暑も厳しい日におでんってアホか?」

うるせえ。おれもどうかと思ってるよ。

「でも食べたくなったから仕方ねえじゃん!?」

コンビニでもまだおでんが発売されていない現状、作るしかないのである! この! 自称他称問わず料理音痴のこのおれが!
思いつく限りの具材を揃えたビニール袋片手にそうアツく語れば、玄関にも入れてくれない諏訪がはあ、と煙草の煙ごと大きな息を吐き出した。

「レイジ呼べ」

「ですよね」




時期外れのものほど無性に食べたくなる時が、人間だれしもあると思う。おれにとってのそれが、おでんだった。それだけだ。
しかしおれに料理の才能はなかった。人並みほどの才能すらない。ひとたび台所に立てば破壊兵器を生み出してしまう。それくらいやばかった。家族から台所立入禁止令が発令され、調理実習で被害を出したために友人からも同様の禁止令が出た。学校からもそこはかとなく包丁すら持たせないように誘導され、おれの家庭科の成績は常に底辺だった。家事全般が出来ない訳じゃない。ただ料理だけはどうしてもできないのだった。おれ自身も疑問である。
食べたいものを作れすらしないおれが、おでんを食べたがった。家族はそんなおれを見放した。まだ暑いのにそんなもの食べたくないという、それだけの理由で……!

「いや、普通だろ。俺だって食いたくねえわ」

「なんで!?」

「暑いからだよ」

嘆き悲しむおれを諏訪の容赦ない一言が襲う! 結構なダメージ!
いや正論だけど、正論だけどね!?

「ちょっと冷めて染み染みになった大根うまいじゃん……!」

「うまいけど、おでんが最も輝くのは冬だろうが。冬に食いてえわ」

「おれは今食いたいんだよおおおおおおおお」

「声がでけえ! また隣から壁ドンされんだろうが!」

「ごめん」

肩パンされてお口ミッフィーした。前もこんな感じではしゃぎすぎて壁ドンされたうえ、大家さんにしこたま怒られたらしい。ごめん諏訪。反省が足りなくてほんとうにすまない。

「レイジ遅いな……」

「玉狛でおさんどん中らしいからな、仕方ねえ」

「ガチムチママ大変だな……」

「やめろ」

「ウッス」

諏訪の煙草がいちいち煙いが、ここは諏訪の部屋なのでおれに文句を言う権利はない。おれもできれば独り暮らししたいんだけど、料理ができないんだからと親に止められたのだ。ーダーにも大学にも食堂があるから困ることはないし、大学行きながらボーダーで働いてるから収入はあるから食生活で困ることはないと思うんだけども。烈火の勢いってこれかな、って思わず現実逃避するくらいには引き留められたし、怒られた。なんで怒られるんだ。料理はしないという誓約を信じて貰えなかった。悲しい。

「レイジ呼んじゃったけど、風間とか雷蔵どうする?」

「デザートと酒持ってこさせるか」

「いいねえ」

ちなみにこの場合、デザートが風間、雷蔵が酒である。雷蔵は自分でデザートを選びたがるけど、風間一人では酒を買えないのだから仕方ない。中身と外見が伴ってない悲しい男、それが風間である。これ脳内で呟いただけでもぶっ飛ばされそうだな、大丈夫かなおれ、レイジのおでん食うまでは死にたくねえな。

「暇だな〜なんか面白いことねえの? ゲームとかさあ」

「ボーダーの任務こなしつつレポート提出に追われる俺にそんな暇あると思うか? お前だっていきなりおでん食いたくなるくらいにはレポートで頭爆発してんだろが」

「それな」

9月っつったら大学は夏休みだ。ボーダー提携校の大学はおれらの任務にも寛容で、出れない授業や試験の代わりにレポートを提出すれば単位取得させてくれたりする。勿論適当なレポートでは単位はもらえないわけで、ボーダー隊員やその友人たちから授業内容聞いて、必死に試験に見合うようなレポートを提出しなけりゃならない。
大学卒業してもこのままボーダーに所属するつもりだけど、近界民がこの先ずっと現れる保障はないし、ボーダーって組織はなくなってもどっかに就職できるよう、落単とかそういうマイナスな要素は避けておきたい。だからこそ、レポート提出に躍起になっているのだ。

その提出日が、昨日だったわけで。
疲労がたまっていたおれは、常日頃抑えつけていた欲望が止まらなくなったのである。それが、おでんだ。
時刻はまだ17時過ぎ。玉狛はまだ夕食の時間ですらないかもしれない。後輩に優しいレイジのことだ、出来立ての夕食を提供するだろう。その時間と諏訪の部屋までの移動時間、調理時間を考えれば、おれがおでんにありつけるのはまだまだ先のようだ。

「諏訪、一本ちょうだい」

「あ? 飯前に吸ったらまずくなるって前に言ってなかったか?」

「暇だし、あと何時間もかかりそうだし」

「あー」

なるほどな、と頷いた諏訪が、ジーンズのケツポケからくっしゃくしゃの煙草の箱を取り出した。ケツ圧でへしゃいだ箱の中から、ライターと煙草一本を取り出して差し出してくれる。ありがたくそれを受け取ると、口にくわえて火をつける。
煙草はおれにとって遊びと同じだ。肺まで吸い込まず、口から零れる煙で遊ぶものだ。煙で輪っかとか作る、あれである。だからいつも吸い始めは肺に届きそうな苦い煙に噎せてしまう。

「けっほ」

「相変わらず下手くそだな」

「うっさい。煙草ありがと」

ライターを返すと、またくしゃくしゃの箱にしまってテーブルの上に置いた。ちらりとのぞき見た灰皿は煙草が山と積まれていて、またこれレイジに怒られるんじゃないの? と思ったけど口にはしなかった。じゃあ片付けろって言われても嫌だし。
ぷかぷかと輪っかを作って遊んでいたら、ふっと諏訪が吐き出した煙で輪っかが消されてしまった。むっとなって諏訪の方に視線をやれば、顔にくっさい煙をぶっかけられてまた噎せた。目にも入って沁みるのなんの。

「ちょ、お前な〜」

しぱしぱと瞬きを繰り返しながら煙を払うと、もう一度、煙が。

「鈍いのも相変わらず」

目を閉じている間に、唇が、触れて。

苦い。

「諏訪にそんな情緒あったの……」

「うるせえ。犯すぞ」

柄でもないと自覚しているのか、そっぽを向いた諏訪の、赤くなった耳が可愛い。おでんとか理由なんかいらなかったなあと思ったけどあとの祭りだ。レイジも風間も雷蔵も呼んでしまった。残暑の厳しい今におでんとは何事だという文句の割に全員そろってしまうのだから、なんやかんやおれたち仲がいい。それが今は、ちょっと悔しい。だって結局はみんな酔いつぶれて、朝まで諏訪の家でごろ寝だろうし。

「レイジはともかく、風間も雷蔵ももうそろそろ来るから、えっちできねえよ?」

「うっせ、わかってるっつの」

スパスパと煙草をふかしている諏訪に思わず苦笑する。お前がそんなことしてくれるまで、こっちにはそんな気なかったってのに。

かちかちと、貧乏ゆすりみたいに指先でテーブルを叩く諏訪の手に自分のそれを重ねて、腰を上げて諏訪の頬に唇を落とす。目を見開いた諏訪の唇に触れて、そのうち迎え入れられて。

「は……」

唇を離した頃には、お互いの息は熱くなっていた。ああ、やばいなあ。自分で仕掛けておきながら、スイッチが入ってしまったことに後悔する。だって、ほんとに、二人が来てしまう。

「なまえ」

おれと同じようにスイッチが入っちゃったらしい諏訪が、熱のこもった瞳でおれを見て、後頭部をその手のひらで押さえて、自分の方に引き寄せようとする。その流れに逆らわず、また唇を重ねようとして――

「諏訪。焦げ臭くない?」

「――あ? ああっ!?」

「絨毯焦げてる!」

慌てて身を離し、キッチンに駆け込むおれと、クッションでばたばたと焦げ付いたことを叩く諏訪。一応鎮火したらしいけど、念のために、とコップの水をかけて、二人で息を吐いた。おれ、自分の煙草どうしたっけ。灰皿に押し付けたような気もするし、それどころじゃなかった気もする。どっちにしろキスを仕掛けたのはおれだし、やっぱこれおれが悪いんだろうな……。

「ごめん諏訪……」

「俺も悪ぃ。お前が持ってきたクッションだったこれ」

「いいよベつに。また持ってくるし、おれのせいっぽいし」

「いや……」

諏訪は焦げ付き濡れた絨毯とクッションを見て、溜息を吐いた。惜しむようなそれに思わず体を縮こめると、諏訪は気にするなとばかりにおれの頭を撫で、唇を落とした。

「お前に貰ったもんは、お前ごと大事にしてえんだよ、俺は」

おれの彼氏がかっこよすぎてしんどい。

どちゃくそ赤面してしまったおれは諏訪の顔をまともにみれなくて、諏訪本人にも、後から来た童顔・デブ・ガチムチママにもからかわれ、さらには念願のおでんの味すらろくにわからなかったのだった。

しんどい。



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