部誌11 | ナノ


9月のおでん



 8月もとっくに過ぎたというのに、夏が名残惜しむかのように暑さが留まっている。蒸す暑さも突き刺さる日照りはなくなりながらも、気温の高さを感じさせる日々がまだ続いていた。
 米神から伝う汗にうっとおしさを覚えながら、隣に並ぶ同級生に視線を向ける。汗を流す自分とは違い、普段と変わらず涼しい顔を浮かべている。汗一滴も流しもしない同級生がまるで人でないものに映る自身の目にうんざりしてしまう。きっと暑さにやられたのだと自分に言い聞かせていると同級生の手が自分のシャツを引っ張った。
「なあ藤本」
「んあ?」
「あれ、どう思う?」
 シャツを掴んだまま、ある方向を指す。身長差があるせいなのか、それとも同い年のはずなのに自分よりも年下だと思わせる顔立ちのせいなのか、その何気ない動作がやけに幼くさせた。口にしたら怒られるので黙って指す先を見やる。
 指先はコンビニを差していた。学校帰りによく立寄る店に特に変化は見られない。一体どこらへんに興味を示したのか、首を傾げると「ドアの上」と明確に指示をくれる。言われた場所には広告が貼られていた。
『おでん始めました』
 その一文だけで眉を顰める。
「……こんなに暑いのにおでんって」
「すごいよな」
「すごいっていうか、ありえないだろ」
 9月に入ったからといってまだまだ暑い。だというのに、おでんを始めたなんて気が知れない。考えたくもないのに脳が勝手に大きな鍋にぐつぐつと煮込んだおでんの具達を浮かんでしまう。ただでさえ嫌気が差していたところで相乗効果でさらに暑くなった気がした。勘弁して欲しい、このままでは暑さにやられて倒れてしまいかねない。視界から外す口実に同級生に視線を戻す。
「食べたいのか、流石にこんな日に食べるのは自殺行為だぞ」
「……いや、ただ面白いなって」
「面白い? どこらへんが?」
「だってこんな時期でもおでんって売れるのかと思って」
「……売れないだろ」
 9月だからといってまだまだ暑さが引かないこの時期に進んで食べる奴はいないだろう。物好きはいるかもしれないが自分だったら買いたいとは思わない。もし買うやつがいたら視界に入れないようにそいつと距離を置く。
 早くこの場から立ち去って、同級生の祖父が営む喫茶店で涼みたいというのに同級生は季節外れのおでんに興味を持ったままだ。物珍しさならもっと別のに興味を持てばいいのに、同級生のズレた感覚がさらに人間ではない何かなのではと疑惑が益々深まってしまう。そんなこと絶対にあるはがないというのに。
「逸身って変だよな」
 うっかり口を滑らせてしまった。同級生の目が広告から自分に移動する。やっとこっちを見たとほっとしていたら数拍置いて怪訝な顔を作る。
「なんだよその顔」
「……お前にいわれたくない」
「なんじゃそりゃ」
 まるで自分が変わってるといいたいのか。元はといえば口を滑らした自分が悪いのだが、こうも言い返されると癪に障る。心外と顔にでかでかと書いた同級生に抗議を試みるも、同級生はコンビニに興味を無くしたようですたすたと歩きだしてしまう。先ほどまであんなに興味津々だったというのに、自分を気分屋だと称する同級生も大概であった。
 少し早歩きになる足取りが同級生の機嫌を損ねたのだと教えてくる。これぐらいで機嫌悪くするなよ、と心中で愚痴る。
「なあ」
 自分より3歩先を歩く背中に声をかける。
「もう少し寒くなったらさ」
 おでん食べるか、と言いかけて口を閉ざす。まるでご機嫌取りでもする言い方でいう気になれなかった。どうして自分がこの同級生の機嫌と取ろうとしなければならないのか分からない。だからそれ以上は何も言わず、背中を追いかけることを選ぶ。
 どこか遠くで一足遅い蝉が羽を震わせる音が聞こえた。



prev / next

[ back to top ]



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -