部誌11 | ナノ


瞼の裏に



瞳を閉じても、チカチカと星が瞬くように、その瞬間は脳に焼き付いて離れない。
ふと思い出すたびに顔を赤らめてしまうのは、おれが、彼を好いているからだ。

彼が――東春秋さんが、おれの、恋人、だからだ。



何をどう間違ってこんな関係に至ってしまったのか、おれ自身にだってわからない。おれにとって東さんは「なんだかよくわからないけどすごいひと」であって、それ以上でも、それ以外でもなかった。その、はずだった。
だって相手はあの東さんだ。なんかすごい人たちの師匠のそのまた師匠みたいな、すべてのはじまりは東さんの教えから始まった、みたいな、なんかそんな感じのする、天上人なのだ。

だと言うのに、東さんは最初からフレンドリーだった、気がする。射手として加古望―-似ても似つかぬおれの自慢の美人の従姉である―-を師匠としていたからだろうか。望姉は東さんの隊にいたって言うし、他の平隊員よりはまあ、仲良くさせてもらってはいたんだろうけど。

その日はおれが望姉に射手のあれこれを教えてもらう日で、おれは慣れないことにいっぱいいっぱいで、なんとか望姉の摩訶不思議な教えを汲み取ろうと必死だった。望姉は教える気がないのか、天才ゆえに凡人の辛さがわからないのか、教え方がとても個性的だ。首締められるの覚悟で言うと雑で無駄に擬音語が多い。パッとやってギャンって感じ、とか普通に言う。わかんねえよ。
昔からの付き合いでニュアンス読み取れるようになってたからなんとか理解できているものの、おれ以外にこの説明の仕方してないよね? って訊きそうになってしまった。でもそんなこと言おうもんなら、おれの背後で監視している黒江が何してくるかわかんねえから言えない。黒江は結構、望姉のシンパって感じでちょっと怖いのだ。

そんな訓練中のことだ。東さんがやってきたのは。何やら望姉に用事があったらしい東さんに、そういえば二人は元チームメイトで、師弟? だったんだっけ、とぼけっと二人の様子を見ていた。後ろの黒江に背中をどつかれてガン見してたの慌てて止めたけど。不躾で失礼だから止めろって注意してくれたのはありがたいけど、物理で教えてくれるの止めて欲しい……ボーダーでは確かに黒江のが先輩だけど、おれお前より年上の人間だよ……。
仕返しにと少し離れた場所に二人で移動して、そこで黒江の頭頂部をグリグリしてやれば、マジな感じで膝の裏を蹴られてつんのめった。下痢のツボは駄目だったね、ごめん。

そうやって馬鹿やってると、望姉が呆れたように笑っていた。ほぼ初対面に近い東さんに恥ずかしいとこ見られたと赤面しながら慌てて立ち上がるおれに、東さんは自己紹介してくれた。いや、知ってますと言うのも失礼な気がして、おれも自己紹介で返した。

「みょうじ、なまえ、です」

「なまえか、よろしくな」

「――――、は、い」

よろしくお願いします、の言葉は舌に乗ることなく掻き消えてしまった。いやだってびっくりしたんだ。だっていきなりの名前呼びだ。
別に望姉と同じ苗字って訳でもないから、苗字呼びでも構わなかったはずなんだけど。望姉の名前呼びにつられたのだろうか。いやでも望姉は、東さんがここに来てからおれの名前呼んでない、はずで。

いきなり名前で呼ばれてキョドりまくったおれは、悪くないはずだ。だってそうだろう。オリエンテーションとか噂話で名前があがるような、そんな天上人にいきなり名前で呼ばれてみろ、誰だってキョドる。
そんなおれの動揺なんか見てわかるだろうに、東さんは綺麗さっぱりスルーして、おれの肩を叩いた。

「またな」

そう笑って。
またな、ってなんだ。東さんと一緒に連れ立っていった望姉が、意味ありげにおれを見て、東さんを見て、またおれを見てから東さんを睨みつけていて、真剣に意味がわからない。

それが、東さんとおれの、ファーストコンタクトだった。



そこから先はなんだかよく分からない。東さん、下の名前で読んでると、三輪とおれくらいなんだけどなんでだ? 三輪を下の名前で呼ぶのはわかる。元チームメイトだし、その頃の三輪は中学生だっただろうしなんか色々あっただろうし、こう、うん、心を開くのに色々あったんだろう。

でも、なんでおれも? おれなんもないぞ? 接点すらほぼなくて、こないだのが初めての会話だったのに。しかも会話っていうか、自己紹介してばいばいまたね、レベルだったのに、何故?

「なまえってほんと、厄介なものばっかり引き寄せるわねえ」

望姉にしみじみと頭を撫でられながらそう言われて、おれは混乱の極みである。えっなんかあんの。東さんってそんな厄介なの。ていうかどういうことなの、おれの身に何が起こってるの?
そんなおれの疑問に答えてくれるひとなんて勿論おらず、外堀から埋められまくって、出会う度にこう、アプローチされまくって、おれはこう、流されてしまった。反省はしている。だけど後悔はしてないんだから、東さんって人間はすごい。いろんな意味ですごい。怖い。おれ、骨抜きにされてる。ぐにゃぐにゃの軟体動物。

「なまえ、目を瞑ってなんかないで、こっちを向いてくれないか」

甘い声がおれの頭上から降りかかる。体を包む優しいぬくもりに、鼓動がどうしようもなく跳ねた。

ああ、目を瞑ったってあなたのことを思い出して仕方がないのに。
これ以上おれにどうしろっていうんだ。




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