部誌11 | ナノ


瞼の裏に



 泣き顔が見たいと思うのは、いけないことだろうか。

 ずっと胸のうちに燻っていた思いを、酒の力が相まって吐き出してしまう。
 一緒に酒を飲んでいた相手は自分の発言に対して数拍の間を置いて律儀に返答をしてくれた。
「そりゃあお前、それは自分の技量だろ」
「……先生、何か勘違いしてる」
「なんだそういう意味じゃないのか、それ素でいってるんだったら相当の性癖の持ち主だな」
 この変態め、と茶化す物言いについムッと顔を顰める。確かにこんな風に思ってしまう自分はおかしいのだろうが、面と向かっていわれるとなんだか癪に障る。問いかけに対して素直に答えられて腹が立つ自分の幼稚さにほとほと呆れてしまう。
 泣き顔が見たいといっても、決して情事の話ではない。いや嫌いではないし、快楽に耐えきれず泣き出す姿は興奮はする。しかし、自分が見たいのはそうしたものではなく、ただ涙を流す姿が見たいのだ。どうして、そんなの自分が聞きたい。
「いやなんていうか、泣き顔は泣き顔でもそういう意味じゃなくて……ただ純粋に泣いているところが見たいというか」
「泣き顔が見たい時点で無粋だっつうの」
「……ですよね」
「でもまあ、そこまで見たいって思うのは何かきっかけがあるんじゃないか」
 きっかけ、その単語にううんと首をひねる。いわれてみればここまで泣く姿にこだわるとなると何かきっかけがなければこうはならない。うんうんと頑張って思い出そうとする自分を尻目に先生は楽しげにビールを飲んで眺めている。人が悩んでる姿をツマミにするとは相変わらず意地が悪い。これで大学で講義をしている准教授だなんて、講義を受ける生徒に同情してしまう。
 散々悩みに悩んで、もう面倒になって放り投げてやろうかと思った矢先、唐突に思い出した。
「……多分、好きになったきっかけが泣き顔だった」
 いまでも瞼の裏に焼き付いて離れない。静かに涙を流すあいつの横顔に、桜の絵を渡した時のはにかみ。そうだ、あのときから俺はあいつの泣き顔に心奪われたのだ。やっとのことで思い出せて満足していたが、なぜか先生は微妙な顔をしていた。
「……マジか」
「正確に言えば泣き笑いが、こう心掴まれたというべきか」
「一体どういう状況だよ……」
「俺にも分からない」
「……」
 なんともいえない目で自分をじっと見つめる。ああ、いま絶対いいこと思っていない。その予想は間違ってなかったようで、先生は黙って自分の頭を軽く叩いた。一体何を思ったのかは知るよしもないが、きっと褒めたことではないのは明白だった。
「お前の恋人苦労するな」
「……」
 否定できずに黙っていると「自覚あるならもう少し大人になれ」と小突かれたがそれも無理な相談だったのでビールを呑むことで沈黙を貫いた。



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