部誌11 | ナノ


傘、パクられました



「・・・まじかよ」
校舎の入口に置かれた傘立てを見た後、空を仰いで額を押さえた。まさか、盗られるとは思うまい。人の物を盗むだなんて浅ましい。内から止めど無く湧いて出る文句の言葉に代わって出てきた一言。
とは言え、恨み言を履いた所で雨が止む気配はまるで無い。それどころか雨足は強くなるばかりだ。走って帰るという選択肢もあるが、どう考えても濡れ鼠になる。濡れ加減が多いか少ないかの違い。正直、制服が濡れるのは勘弁して欲しい。毎日着る服なのだから、帰ってすぐ洗うのも面倒な事だ。

「あれ?なまえ、傘どうしたの?」
走って帰るか、雨足が弱まるまで待つべきか。本来なら後者を選ぶが、今はあまりにも余裕がない。葛藤するなまえの背中に聴き慣れた声が届いた。その言葉に反応して緩慢に振り返ると、綱吉が居た。その手には朝に奈々に持たされていた、空色をした傘だ。どうやら、綱吉の傘は無事だったらしい。
朝、通学の時は傘を持っていた筈だ。が、しかし、今のなまえの手に傘がない。盗られたのだろうか。綱吉の問い掛けになまえは肩を竦め「・・・ないね」と、にが笑った。「とられたの?」と、案外鋭い。頷き肯定すれば、綱吉は傘を少し傾けて一人分のスペースを空けてくれた。「一緒に帰ろう」、と。

「それ、ツナ君が濡れへん?」
と、綱吉の配慮を無意味にして悪いとは思うが、入れて貰っている手前、遠慮もある。彩俐が言う。なまえが濡ない様に傘を傾けてくれているのだが、逆に綱吉の肩が濡れ始めている。緩く押し戻した。
が、頑なに綱吉は譲らない。「俺は大丈夫だよ」と、なまえ寄りに傘を傾けてくれるがそうじゃない。心遣いはとても有難い。有難いのだが「嬉しいんやけど、ちょっと痛いんよね」と、苦笑が漏れる。首を傾げた綱吉を見てから、なまえは傘のシャフトを指した。つられて綱吉もそちらに視線をずらす。
そして、

「ご、ごごごごめんっ!当たってた!?」
顔を真っ青にし言った。そりゃもう何度もガツンガツンと。と、言いそうになるのをグッと堪えた。本人は至って悪気がない。むしろ配慮に配慮を重ねてくれていた。その結果のシャフト襲撃である。
「いやぁ・・・入れてもらって、傘まで持って貰ってるから言い難くてさ〜」
あっけらかんと笑った。「もっと早く言ってくれたら良かったのに」と、綱吉の恨めしそうな視線。だがおかげで制服が濡れずに済んだのだから感謝しても足らない。「いやいや、ありがとう」、と。
誰かと隣に並び、歩調を合わせて歩くなんて久し振りかも知れない。雨音に耳を傾けてふと考える。雨の日は好きじゃない。いつも心をざわつかせる。だけどそれも誰かが居たらそうでもないらしい。ふと綱吉に目を向けると、今まで以上に気を使って傘を持ってくれている。優しい人だなと思った。

(・・・私にはもったいないよなぁ)
苦笑
こんな奴に綱吉がそこまで気を使う必要なんて無いのに。心の片隅でそんな冷たい言葉が降り注ぐ。それから目を逸らす様に「・・・ツナ君」と、声を掛ければ綱吉が振り返る。面影が重なる気がした。面影なんて言っても、それが誰であるのか、なまえには知る由もない。ただ、心を暖かくさせる存在。

―――バシャン。
不意に水が跳ねる音

どうかした――?と、尋ねる筈だった綱吉の言葉を遮り、二人の隣の道路をトラックが走り抜ける。水溜まりを勢いよく走り抜けたトラックが水を跳ねさせる。そして、その水は勢いを殺す事もない。体感した衝撃は一瞬だった。あまりにも刹那的で、理解に時間を要する。えっと、つまり、これは。
これは―――、

「・・・・・傘の意味無かったね」
結局濡れ鼠だ。なまえはずぶ濡れになった制服を一瞥した後、苦笑を浮かべて綱吉の方に目を向けた。綱吉もそう変わらない格好をしている。ポタポタと滴り落ちる水滴に沈黙するしかない。嗚呼合掌。
「あーもう!雨の日くらい気を付けて走ったらいいのに!」
うんざりした様に綱吉が吐き捨てた。その言葉に激しく同意する。歩道に気を使って欲しいと思う。が、そんなモヤモヤした感情も目が合うと薄れた。互いに濡れ鼠である。何がおかしいというのか。自分でもよくわからないけど、込み上がってきたのは笑いだった。顔を見合わせてクスクスと笑う。

―――が、帰って奈々に二人揃って叱られたのは言うまでもない。

傘、パクられました
(翌日、風邪をひいたのは綱吉だけ、というのは余談である)



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