部誌11 | ナノ


夏が終わるね



本丸は今日も賑やかだ。短刀たちのきゃいきゃいと騒ぐ声が障子越しに聞こえて、思わず笑みを浮かべてしまう。
たとえ騒ぐ理由が、誰が今日いちばん敵の首を獲ったか競い合っているというものでも。子供の声は無条件で俺を癒す。

夕暮れ時。そろそろ厨では伊達組が料理を作ってくれている頃だろう。

「ぬしさま、お茶を淹れましたよ」
「あれ?ありがとう」

俺が光忠を顕現してから暫くして、当然の如く厨を支配した彼は、今でこそその後に来た歌仙や伊達組などが厨に入る事を許した。
が、ここで湯呑みを持ってこてんと首を傾げる小狐丸こそ、先日つまみ食いをした罰により、自慢の髪で1980年版女学生を再現させられていたことは記憶に新しい。

「この小狐丸、ぬしさまが望んでおられるならば例え火の中伊達の中」
「光忠は怒ると怖いから程々にな…っと、いい温度」

まだまだ暑いと思っていたが、日も落ちると熱いお茶が丁度いい。

「夏も終わりかあ」

口の中の熱と共に独り言が零れ落ち、その様子を見ていた小狐丸がにこやかに笑う。

「そうですか、もうこの夏は終わってしまうのですね。ですが次は秋が来て、そして冬が訪れる。春がぬしさまをあたたかく迎え入れ、また夏がやってきましょう。小狐丸はその度ぬしさまにお茶を淹れましょう」

きらきらと優しい輝きを増した瞳が、決定的な未来を映し出す。
まだまだ危険は多いし、この戦いもいつ終わるともしれない。
折れた刀はまだいないが、いつか俺の采配を理由にそんな男士が現れるかもしれない。

そんな俺の心配を祓う、優しくも強い輝きだった。

「小狐丸が言うなら、そうなんだろうな」
「ええもちろんです。嘘などつきません、ぬしさまがそうであるように」

顕現当初、まだあまり他の審神者と接触していなかった本霊を持つこの小狐丸の分霊は、あまりにも人間離れした男士だった。

腹は空かぬ、眠りも要らぬ。ただ戦いのために在ると言ってきかない刀剣男士。
人馴れしている刀たちは困り果てていたし、どちらかと言うと小狐丸寄りの思考を持った刀たちも「その気持ち分からんこともない」とふんふん頷くだけで歩み寄ろうとはしなかった。

そんな彼も、今では厨で光忠の目を盗んでつまみ食いをするし、夜は眠り、朝目を覚ます。
そして俺が「小狐丸のお茶は美味いな」と言った事をずっと覚えて、毎日茶を淹れてくれるのだ。

じわじわと人の事を学び実践する様は見ていて微笑ましい。
じっと観察するように俺を見ている小狐丸はあまりに真剣で居心地の悪い気持ちがするときもあるけれど、それでも。

「さあ、ぬしさま。今日の審神者仕事は終わりにして、広間へ行きましょう。万屋でいきのいい魚を買ったようで、身がぷりぷり引き締まって大変美味でした。ぬしさまも気にいるでしょう」
「そっか、今日は魚かあ。…待て、なんで味を知ってるんだ小狐丸」
「はて」

どうやら女学生の髪型はそこまで小狐丸の反省を誘わなかったらしい。結われた時は「この世の終わりだ」と言わんばかりの表情を浮かべていたくせに。
そういえばあの時は、その髪型を見て似合うと言って、それを聞いた光忠に怒られたっけ。
なんで怒られたんだろう。

「主、ご飯ができたよ」
「ありがとう今いくよ。ところで、準備の途中で魚が一切れ無くなったりしなかった?」

そう尋ねると、視界の端で銀髪がぴくりと揺れる様を見た。
光忠は「何で知ってるんだい?」と聞いてから、俺と同じ結論に至ったのだろう、小狐丸の方を見た。

「うわ、やっちゃった」
「?どうした」
「まさか小狐丸さんとは思わなくて。てっきり犯人は鶴さんかと…ちょっと謝ってくるよ。主は小狐丸さんのことちゃんと叱ってね」

俺より主から怒った方が効果的だから、と言うやさっさと部屋から出ていく。
鶴丸が冤罪を言い渡されるくだりを見たかったが、指名なら仕方ないと小狐丸へと体を向ける。

怒られると分かっている小狐丸は目の前でとてもしょんもりとしていた。
髪も萎んで見えるし、肩が下がって猫背な分格好良さも半減だ。
しかし顔はやはり美しいままだった。

「小狐丸」
「ぬしさま、しかし目の前にあの様に新鮮な魚があれば人ならば誰とで手を伸ばすでしょう。あの魚が悪うございます」
「うーん、反省の色が見られない」

表情は確かに申し訳なさそうにしているが、目は爛々とした輝きを失っていないし、言い訳の内容も、これはまた条件を満たす案件が目の前に現れたら同じ様につまみ食いをする奴だ。

「…ところで小狐丸、どうして今回の件が光忠に露見したか分かるか?」
「それはもちろん、ぬしさまの告げ口です」
「告げ口…まあ正解か。じゃあつまみ食いを正すより、俺が告げ口しないようにするべきじゃないか?」
「なんとそのような。ぬしさまの息を止めるなど」

帯刀している本体をちらっと見た彼の真意からは是非目をそらしたい。
というか告げ口に対する姿勢が前のめり過ぎる。

「たとえば俺もつまみ食いしてたら、言わなかっただろうなあ」
「!」

ぴこんと立った狐耳が見えた気がした。合点がいった瞳が悪戯っぽく弧を描く。

「ではこの小狐丸、これからはぬしさまにも土産を持ってくることにしましょう。前から茶菓子に何を選ぼうかと迷っていたのです」
「じゃあ、決まりだ」
「ええ、決まりです」

無邪気に喜んでいる小狐丸を見ていると、もっと人らしいいい事やわるい事を教えてあげたくなる。
きっと俺だけじゃ彼をここまで人にはしてあげられなかった。でも、他の男士がいてくれた。

「小狐丸、見つけたぜ!」

光忠が閉めて行った障子をスパンッと心地いい音を立てて開けたのは鶴丸だった。
前髪が変な方向に曲がっていて、何年版女学生をやったのか気になる。いや、女学生ですらないかもしれない。

「さあ、仕置きの時間だ。なに、俺は器用だぞ。お前の髪に驚きをもたらそう」

その手にはブラシと髪ゴムが握られている。万屋で購入したのだろうか、そんなファンシーなキャラクターのついた髪ゴムを手に入れた覚えはない。
というか、髪ゴムに絡んでるその白髪はやはり。

「さて、どこを結んでやろうか。できるだけ“ダサい”ように仕上げてやらないとな。主が褒める隙など与えてはやらないぞ」
「くっ」

美しい顔に凶悪な表情を貼り付ける鶴丸はとても珍しい。

「楽しみだなあ」
「ぬしさま!」
「おう、楽しみにしておけ」

鶴丸と一緒にやって来ていた大倶利伽羅が「冷めるぞ」とだけ言って去るので、じゃあ俺もと腰を上げた。

「ぬしさま!?ぬしさま!」
「先に行ってるぞ小狐丸、鶴丸」
「安心しろ、俺も夕餉には間に合いたいからな。手早く済ませる」

短刀とは違い野太い声がぎゃいぎゃいと騒いでいる。
大倶利伽羅が無情にもぴたりと障子を閉めたので幾分か声は抑えられたが、どんな出来栄えになるのか楽しみだ。

「楽しいな、大倶利伽羅」
「…喧しいだけだろう」

前ならきっときっぱりと「楽しくない」と言っていただろう。いや、「楽しいというものが分からない」と言われたかもしれない。
でももう彼は楽しいものが何かを知っている。

「お前たちのおかげで毎日楽しいよ。ありがとう」
「俺じゃなく、もっと他の奴らに言ってやるといい」
「なら大倶利伽羅だけじゃなく、他の男士にも言うとしようか」

廊下の先であかりの溢れている広間から、さっきとは違う楽しげな悲鳴が聞こえてくる。

その声をきいて思わず笑うと、隣を歩く大倶利伽羅がちらりと見て、それから何も言わずに視線を外した。

「今日のご飯も楽しみだなあ」
「…あまり期待はしない方がいい」
「ということは大倶利伽羅も何か作ったのか?」
「…」

もう何も喋らないというオーラを出し始めた彼に表情筋が緩むのを抑えきれない。
おかずも楽しみだし、ちょっと遅れてやってくるだろう小狐丸も楽しみだ。

広間でみんなと一緒にご飯を食べて、少し不恰好な卵焼きを一切れ口に入れた瞬間。
やって来た小狐丸と鶴丸が同じヘアスタイルでキメてきたと分かって思わず噎せた。

「ぬしさま…」
「あー、うん、最高」
「!それは至高の褒め言葉でしょうね?」
「そうだな」

俺が頷くだけでぱっと花弁が飛ぶんだから、うちの小狐丸は本当に可愛い。

「ちょっと!俺の吸い物に花びら入れないで!」

どこかから上がった抗議の声に、大きな声をあげて笑った。



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