部誌11 | ナノ


彼岸の果てより



 西洋からの輸入品であろうテーブルは、磨きこまれ黒光りする卓面に、洋灯の橙色をゆらゆらと映していた。卓の脚や椅子の背には控えめな文様が彫り込まれていたが、その柄だけで家具の製造国を推測することは、谷垣には無理な芸当だった。大柄な自分が貴族趣味の華奢な椅子に身を縮めて座す姿は、傍目にはたいそう滑稽に映ることだろう。
 主のいない部屋で待つというのは、非常に居心地が悪い。ましてや、この部屋の主は谷垣の上官である。彼は夜分に手紙と小包を届けに来た谷垣と入れ違いに、「座って待っていてくれ」との言葉だけを残して、部屋を出て行ってしまった。
 彼の戻らないうちにこっそり出ていくという考えを三度巡らせた頃、士官室の扉がコツコツと音を立てた。
「戻った。悪いが、ここを開けてくれないか」
 それは谷垣を待たせていた、みょうじの声だった。急ぎ扉を開けると、その前には茶器一式を揃えた盆を両手に抱える上官の姿が。
 尉官にわざわざお茶汲みをさせてしまった状況を察し、谷垣は慌てて「自分が」とみょうじの手中にある銀色の盆に手を伸ばす。しかし、代わりに持とうとしたところで、白く薄い陶器たちを自分の大きいばかりの手で扱えるか、躊躇した。割らない自信がない。
 谷垣の心配を見通したようなみょうじは、フフと笑って、突っ立っている谷垣の横を抜けてしまった。二人分のカップを広げ、てきぱきとテーブルを整えていく上官の姿を、谷垣は見守るしかできない。急須と湯呑ならともかく、異国の茶の淹れ方は知識になかった。
 手際よく紅茶を淹れたみょうじは、最後に谷垣が届けた包みを開けて、懐紙を敷いた皿に菓子らしきものを乗せた。それを谷垣と自分の前に用意するとようやく腰を下ろして、「さあ」と両手を打つ。
「お茶にしよう」
「……は」
 荷物を届けるだけの筈が、妙なことになった。夜の士官室で、みょうじ少尉と二人で、甘味を食べるなんて。
 大きめの饅頭を潰したような丸い菓子を割ると、中は餡が詰まっていた。ちらりと向かいに目をやると、みょうじはさぞや幸せそうに顔を綻ばせて、ひとかけずつちまちまと口に運んでいる。
「谷垣は、甘いものは好きか?」
「それは、人並み程度には。嫌いではありませんが」
「なるほど」
 にこにこと、自分よりもいくつか年若の青年将校は、上機嫌に目を細めた。彼もまた戦争に出征し、旅順の激戦を生きぬいた兵であるというのに、なお隠れぬその穏やかさは生来の気質によるものだろうか。
「おまえは、戦争で何かが変わったようだ。憑き物が落ちたようにも見える」
 みょうじは微笑み、谷垣が手を付けない紅茶へと、砂糖壺から二匙落とした。芳香が鼻を掠める部屋、夜の時間が歩みを遅らせる。



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