部誌11 | ナノ


彼岸の果てより



ジリジリと蝉の鳴く声がする。
周囲は緑に覆われていて、昔ながらの低い邸宅も残っているからか、都会より声の反響が少なく、耳触りの悪い声にも不快感はそこまで湧いてこなかった。
俺は久しぶりの里帰りをしている。

駅からまっすぐジュネスへ続く道を歩く。実際、この八十稲羽で暮らした期間は人生において短かった。しかし、とても濃いものであった。
あの経験を共有した仲間がいなければ、きっと夢物語にでも昇華してしまいそうになる出来事の中で多感な時期を過ごした俺は、今まで色んな街に住んだがここが一番記憶に残っている。

この道で刑事の真似をするように情報収集をして、あの商店街で仲間と買い食いをした。ジュネスのテレビから向こうの世界に行ってバケモノと、シャドウと戦って、それから河原で相棒とよく話したっけ。

『陽介?』

隣を流れる川と俺の間に相棒の幻影が見えて、はっと意識を取り戻した。
当然そこに相棒の姿はなく、昼もすぎててっぺんから少し動いた太陽が作る俺の影だけがそこに伸びている。

遠くで子供が遊んでいるのだろう、高い声がかすかに耳に届いて、それが今は物悲しく感じる。
里帰りの目的が原因か、いま物思いに耽ったことが原因か。
どちらが原因かは分からないが、俺や相棒が去った今もここで生活している仲間たちを思い出して、目的を済ませたら合流して楽しい思い出ばかりに浸ろうと思い直した。

「ありがとうございましたー」

買い物をして、早々にジュネスを後にする。
夏場でまだまだ日が長いとはいえ、用事を済ませないと仲間と会えないのも事実だ。
ちらっと見たケータイには、「先に店に入って飲んでるよ」という言葉と、早くこーいという吹き出しがついた里中の写真。

まだ五時にもなっていないのに、気が早い連中だ。
砂利が敷かれた坂道を登りながら、「つまみ全部食うなよ」とだけ返信をして、顎を伝う汗を拭った。

俺は今日、小西先輩の墓参りに来ている。

きっとご家族がいらっしゃったのだろう。綺麗な墓花がさしてある前でしゃがみこみ、しきみだけを取り替えた。

「久しぶりです、先輩」

俺の初恋の人。俺が大切な仲間たちと出会うきっかけにもなった、高校三年生という若さで亡くなった憧れの先輩。
未だにあのシャドウの言った台詞は忘れられない。俺の楔となった人。

「先輩の本当の気持ちだったのか分からないままだったですけど、あの時テレビの中で先輩のシャドウに言われたこと、まだちょっとトラウマです。一時はもう恋とかそういうの懲り懲りだって思ったんですけど、でも、今は結構幸せっつーか」

頭の中に浮かべるのは、先輩と出会ったときには顔も名前も知らなかったあいつの顔だ。
今頃何をしているんだろうか。暇さえあれば家でゲームばかりするあいつは、きっとまた昼飯も抜いてテレビと睨めっこしていることだろう。

墓参りに里帰りして、仲間と飲んで、一泊してまた戻ったら、次は二人でデートをしようと話してある。
付き合ってもう三年になるが、冷めない関係は程よい温度になっていつも自分に寄り添ってくれている。

「って、先輩からしたら俺のことなんかどうでもいいっすよね。…でも、やっぱり報告したくて」

またウザイって言われてしまうだろうか。そうだとしたら寂しいけど、丁度いいかもしれない。
霧が出たら思い出す、春になったら思い出す、俺の人生の中でずっと息をしている色褪せない思い出が、先輩なのだから。

「次の盆はたぶん、来ないと思います。今度はまた、うん、何年後かな。とりあえず、俺の自慢の恋人と一緒に」

そこまで報告したところで、ピロンとケータイが音を鳴らした。
どんちゃん騒ぎをしているであろう仲間たちかとも思うが、もしかしてと少しだけ期待をしてしまう。

画面を見ると、「惚気は程々に。」という短い文章。
あいつらしい。でも、わざわざ連絡をくれるなんてとてもらしくない。

首を傾げ、とりあえず返事をしようと指を動かした時。
蝉の声が急に止まった。風が吹いて、墓花の香りがよぎり、それと共に。

『本当にね、いい加減にしてほしいわ』

年月が過ぎ、思い出せなくなった彼女の声が聞こえた気がした。



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