部誌11 | ナノ


熱中症にご注意を



 今年は春から気温が高くて、四月だというのにニュースで熱中症対策の呼びかけがなされるほどだった。だから俺は、聞き込みから戻ってきた瞬間に菅野がおかしな質問を投げ掛けてきた時、思わず具合でも悪いのかと心配してしまったのだ。

「なまえさん、会ってみたい人っています?」
 三回角を曲がれば大抵の目的地には着く。六人経由すればアメリカ大統領にだって会える。そんな話を朝霧から聞いたらしい。難しい理屈の部分はさっぱり理解していないのだろう、純粋な疑問だ。それが菅野という男である。暇かよ、とは言わないでおく。
「もう一度会いたい人ならいるかな。出会い頭にぶん殴られるだろうけど」
「えっ元カノですか?」聞いてない、と菅野は身を乗り出す。まあ、元『彼女』の話ではない。同僚にわざわざカムアウトする必要も無い。むしろこの類の話は忌避されがちだ。自分から嫌われに行くようなヘマをする人間はよほど変わっているか、もしくは頭のおかしい人間だろう。
「黙秘します。そういうお前はどうなの」
「俺は銀河刑事ギャビンですかね〜。あっ、でもデカナンジャーもいいなぁ」
 訂正。こいつは気温に関係なく、割といつも頭が沸いていた。どっちも宇宙人だね、と秀さんが暢気に笑うのを無視して冷蔵庫へ向かった。丁度コーヒーを淹れていた朝霧が、労いの言葉もそこそこに爆弾を落とす。
「もうすぐマトリが例の新人を連れて挨拶に来るそうですよ」

 マトリ……麻取?
 麻薬取締捜査官?
 厚生労働省の?

「ええ〜聞いてないんだけど。課長は?」
 そういうことって普通、上司から通達があるものだろう。組対五課でなくわざわざウチなのは、あのスタンドとかいうプロジェクトチームにその新人を入れる許可を服部課長へ求めに来る、といったところか。
「耀さんならもうすぐ会議から戻ってきます。まったく、そうやって露骨に嫌な顔をするから直前まで知らされなかったんじゃないですか」
 この野郎、エースだからって痛いところ突いてきやがって。まあ、課長に秀さんと緩い感じの人は確かに多いけど。俺だって堅苦しいことはもう散々やってきたので勘弁してほしい。正直なところ本庁勤めも今すぐに辞めたっていいのだ。
「知らない人と話すの嫌だな〜サボっていい?」
「良い訳ないでしょう」馬鹿なんですか、と言わんばかりの眼光で朝霧は俺を睨みつけた。公僕にあるまじき、三人ぐらい殺していそうな目である。ねえ俺先輩なんだけど。
「聞き込みも取り調べも平気なんだから顔合わせくらい我慢してください」
「今後も関わりがある人に性格偽るの面倒くさい」
「誰もそこまでしろとは言っていないでしょう。サボったら今後一週間、班員の昼食代を払わせますからそのつもりで」
「それでいいならやるよ」懐は痛むが、背に腹は代えられない。
「なまえさんじゃありません。蒼生が、です」
「蒼生が、かぁ」
 部外秘の書類を片付けていた荒木田が顔を上げてこちらを見る。酷い顔だ。相変わらず言語処理が表情に追い付いていない。大きくて物静かな犬のようである。なんだか居た堪れない、ごめんね。
「分かったよ。居ればいいんでしょ、居れば」
「仕事なんだから当たり前です」
 まったく子供じゃないんですから、と溜息を吐く朝霧。流れ弾を無事回避して安堵する荒木田。食堂の期間限定メニューについて話す菅野(と秀さん)。未だ姿を見せない課長。何だかんだ言っても、ここは居心地が良い。

 結論から言えば、俺は一言も喋らずに終わった。というか、挨拶する必要すら無かった。そもそも俺はスタンド所属の話を蹴っているのだから当たり前だ。一安心である。
 気が緩んだのか、食後恒例の仮眠を取ったら悪夢を見た。いつかの暑かった年の思い出したくもない記憶がベースだ。魘される俺を見て心配した荒木田が叩き起こしてくれたのは良いが、かなり強い力で揺すられたので二重の意味で吐きそう。そう言ったら朝霧に蔑むような目で見られた。本当に後輩甲斐の無い奴め。



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