熱中症にご注意を
暑いと、口に零さなかっただけ褒めてもらいたい。
そう思う位には、なまえがいる場所は気温が高かった。
船の上では潮風は流れるものの、強い日差しから頭を遮るものは何もなく、また、かっちりと着込んだスーツを崩すこともない。この暑い中幸いしたのは、黒ではなく真っ白なスーツだったということだろうか。
これがプライベートでならばラフなシャツ一枚で騒げたというのに、今は残念ながら仕事の真っ最中であり、見張りという、ただ突っ立っているだけのようにみえて、船の上では重要な役割を果たす仕事を放り出すほど、なまえに無責任さはない。ことさら、この海ではいつ海賊に遭遇してもおかしくないからだ。
そう、なまえは今、グランドラインに漂う海軍船の上に居る。
チラリと腕につけている時計を見てみると、何分か前に見た時から針は進んでおらず、体感時間だけが着々と進んでいる。交代の時間はまだまだ先であり、今日は辛い一日になりそうだな、と覚悟したところで、冷たい何かがなまえの首筋を霞めていった。
「わっ!」
思わず首を竦めたなまえが慌てて振り返ると、そこに居たのはこの船で一番地位が高く、海軍大将の一人でもあるクザンだった。
「あらら、珍しい。俺の気配に気付かなかったの?」
驚かせようとは思っていたものの、クザンは気配を隠した覚えはない。
普段から落ち着いているなまえが動揺するのも珍しく、加えて大きな声を出すのも珍しいなまえを見てクザンは目を丸くした。
「す、すみません」
慌てて頭を下げるなまえにクザンは空を仰ぎ、照りつける日差しの強さと眩しさに目を細めた。
「まぁ、今日は暑いしね」
「え?」
クザンが与えられた部屋からここに来るまでに何人かの部下が忙しなく動いているのを見てきていたが、その格好はどれも涼しげであり、なまえのようにきちんと着込んでいる者は数少ない。
その中でも見張りという位置にいるのはなまえだけだったようで、少し位着崩せばいいものの、名前の服はきちんと第一ボタンまで閉められていた。
夏島では重宝されそうな能力を身に着けているクザンでさえ、この気候を暑いと感じるのだから、なまえにとっては相当暑いのだろう。
なまえが真面目に仕事をするのはいつものことだが、クザンの気配に気付かないだなんて、珍しくは思ったものの、万全といえる状態とは言い難い。
「大分顔が赤いけど」
「……ああ、今日は気温が高いのでそのせいかと。流石夏島ですよね」
普段から過ごしやすい気候の島で育ってきたなまえにとって、この夏島の暑さは堪えるものがある。
とはいえ、仕事だから投げ出すことも出来ずになまえは曖昧に笑うと、クザンの手がなまえの額に当てられた。
大きな身体に釣り合う大きな手の平は、なまえの額にだけでなく目元まですっぽりと覆われる。
もともとの体温が低いのか、それとも悪魔の実の能力であるヒエヒエの実のおかげで手の平が冷たいのかはわからなかったが、なまえの目元に覆われたそれは、火照った身体には気持ちのいいものだった。
「あの……クザン大将?」
「真面目なのもいいけど、少しは肩の力抜きなさいや」
「いや、でも仕事中ですし」
見張りをしているのはなまえだけではないし、部下を持つなまえが気を抜いてしまえば、示しがつかなくなってしまう。もっとも、クザンの気配に気付かなかった事で既に気を抜いてしまっていたと気付かれているようなものであるが、有難いことにそれを非難する眼を向けられた様子はない。
クザンの手になまえの顔の熱が移った頃、クザンはなまえの顔から手を外すと、パキパキと小さな音を立てて氷を作り出した。
小さな氷の塊を一つ作り出したクザンの意図は読めないものの、見ているだけで涼を感じる位には、暑さに参っていたらしい。
「もう少し暑さ対策しなさいよ」
冷たい氷が唇に押し付けられ、滑るように口の中へと入り込む。
口の熱さと共に溶けていく冷たさを味わいながら、なまえはハイと呟いた。
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