部誌11 | ナノ


熱中症にご注意を



「なあ、そんなにコレ欲しいの」
炎天下の中、蝉の声の合間を縫うようにして耳に届いた声に、無言で頷く。
日本を代表する女性アイドルグループのCDを買うために並ぶ行列の中で、サングラスをかけた男がふぅん、と鼻を鳴らす。
同じ人種かと疑うほど色が白く、背が高く、顔まで整っているこいつは俺の友人で、仕事がオフだからと一緒に太陽の下で仲良く行列に並んでくれている性格まで男前パーフェクトな奴だ。
名前を八乙女楽。
なんと日本を代表する男性アイドルグループの一人である。
「ていうか、ほんとによかったの」
「だからいいって言ってるだろ。何度も言わせんじゃねえよ」
「でもずっと仕事じゃん。せっかくの休みにこんな並ばせて、悪い」
「何でだよ、俺が勝手にお前の隣にいるだけだろ」
「おっっっ…とこまえだな、お前は」
「当たり前だ」

にやりと笑って、サングラスの隙間から三日月の目が見下ろしてくる。
顔良し性格良しスタイル良し、この男に非があるとするならば。

「おっ、列が動き出したな」
「ほんとだ!やったー、推しと会える」
「…なあ、その推しってやつ俺に変えねえか?」
「は?なんかふざけた事言った?ごめん、よく聞こえなかった」
「チッ、聞こえてんじゃねえか」

なぜか俺という凡人に執着していることだろう。

「二枚もいるか?」
「これはお前への布教分!」
「あ、そ。じゃあもらっとくぜ」
「待て待て、さっきも言っただろ、中に入ってる握手券は俺のもの!帰ってCDあけようぜ」
「んだよ、今開けたらいいじゃねえか」

黒いCDショップの袋に白い腕がごそりと入る。その腕を慌てて掴んで、待ったをかけた。

「だめ!」
「なんで」
「ゆっくり拝みたいし!それに俺、外装フィルムごと保存する派だから!ハサミとカッターないと!」
「…お前」

力の篭っていない腕がゆっくりと袋から抜ける。
さすがに性格良しのこの男も、ディスってくるだろうか。いや、どうせこの実直な男は。

「そんなに大切にしてるんだな…最高のファンじゃねえか…」

うん。やっぱり八乙女楽は最高の男性アイドルだと思う。

「どっか喫茶店でも入るかと思ったが、そんな熱い気持ちを聞かされたらな…さっさと家に帰るか」
「いやいや、なんか奢るよ。もうCDは手元にあるんだから。楽の方がレアリティ高いよ、もうちょっと話そう」
「レアリティって何だよ」
「そのままの意味だって。お前めちゃくちゃ忙しい奴だし」
「…バカ、お前」

外気温の高さに、じわりと浮かんだ汗が頬骨をなぞり顎を伝う。
それを手の甲でぐっと拭った八乙女楽が、絶妙な間をとってから口角をくっと引き上げた。

付き合いの長い俺には分かる。これは口説き落とそうとするときの彼の特徴だ。

自然と肩に力が篭る俺とは裏腹に、楽はリラックスした様子で、それでも目はまっすぐに俺を射抜いた。

「アイドルの八乙女楽はファンみんなのモンだが、俺はとっくにお前の手元にあるんだぜ」

フィルムごと保存した男は、外気温の高さも相まって言葉にも熱を込めているように見えた



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