部誌11 | ナノ


わたくしごと



昔から、一つのことに集中すると周りが見えなくなる性質だった。
直そうと思っても直せるもんじゃなかった。周囲に迷惑をかけることが何度もあって、反省してなんとかしようと思うんだけど、結局はどうにもならなかった。おれよりも周囲の方が先に諦めてしまって、なんだかなあって感じだ。申し訳ないし、おれってくそだなって思った。けど、もうどうにもなんないって自分でも悟ってしまったから、周囲に甘えることにした。
お陰様で、おれに何かあるときは、携帯とか電話じゃなく、直接訪ねにくるひとが多い。おれのたちの悪さを知らないひとにも、おれを知る人たちがフォローを入れて何とかしてくれるから、有り難さに言葉も出ない。おれに出来ることと言えば、ボーダーで闘う仲間たちのために有益なトリガーを作り出すくらい。そんなことしか出来ないってのに、受け入れて許してくれる仲間を持ってるなんて、おれってほんと恵まれてる。

「なまえ?」

バチン、と目の前がはじけた気がした。
突然の光に眩暈がする。目が痛い。ああ、今まで暗闇にいたんだって、そこでようやく自覚した。
煌々とした灯り、窓の外の暗闇、軋む背中、痛い腰。長時間同じ姿勢でいたせいでおれの体はパソコンに向き合う形で固まってしまっているようだった。よぼよぼの爺さんか、はたまた油を差される前のロボットか。どっちにしろ情けないことになっているおれの体を軽々と持ち上げて、椅子からソファへと移動させてくれたのは、同輩の東春秋だ。同輩って言っても、ボーダーの隊員としても、大学の研究室に所属する学生としても、こいつはおれの先輩になるんだけども。大学院入試の時一浪したし、おれ。

「春秋……」

「そう、俺。また集中しすぎてたんだな」

笑う春秋の顔には少し呆れが滲んでいて、とても申し訳ない気持ちになる。こいつがおれを許容してくれる人間の筆頭で、誰よりもこいつの世話になってる自信がある。嫌な自信だ。何か用事がなくても定期的におれの部屋やボーダーの開発室に顔を出しては、おれの面倒を見てくれている。

春秋とは大学入試の時に仲良くなって、春秋に少し遅れておれはボーダーに入隊した。その頃はまだおれのたちの悪さは知られてなかった。まだ夢中になれるものがそれほどなかったからだ。例えば本とか、パズルとか、そういうのは短時間で済む。集中しすぎて声を掛けられても電話がかかってきても、自分でリカバーできるくらいには、短い時間で済んだ。

だけど、おれは出会ってしまったのだ。
トリオンっていう、未知の物質に。

一般人より少しばかりトリオン量ってのが多いだけのおれは、だけど人より器用な性質だった。色んな方法を試してはトリオン切れを起こして強制ベイルアウトをしていたおれは、ボーダー内で誰よりもトリオン操作に長けていた自負がある。
でもおれは、ランク戦や実戦で戦うより研究してる方が好きだった。トリオン操作に長けて出来ることが増えても、それが実戦に役立てられるように行動できるかは別の話で。争いごとに向いてないから、開発室長の鬼怒田さんにスカウトされて早々に実戦から撤退した。大学院での研究のこともあって、ちょうどよかった。

トリオンは研究も開発も楽しくて、トリオン切れで強制ベイルアウトだけでなく、実際にぶっ倒れることが何度もあった。救急車で運ばれることはなくても、救護室に運ばれることは何度かあって。
何人ものひとに怒られたし、心配された。申し訳なくて直そうとしても直らなくて、結局誰かしらがおれを気にかけてくれることで解決策となった。めちゃくちゃ情けない解決策だ。誰もおれのこと信用してない……まあ自業自得なんだけども。

悲しいかな、ボーダー内要介護認定を受けてしまったおれの筆頭介護士が、この東春秋という男なのである。鬼怒田さんや城戸さん直々に指名されたらしい。なんで開発室の人間じゃないんだ。雷蔵とかでもよかったろ! あいつだって元戦闘員なんだし頼れるだろ! いやまあ後輩になんとかされるのも癪だし、あいつの場合腹が邪魔でどうにもなんないかもだけども。
おれの知らない間に開発室の人間と春秋の間で連携がとれてしまっていたらしく、おれが長時間開発室に閉じこもっていたり、今日みたいに連絡がつかない時、春秋が派遣されてくる。ちなみにおれの済むアパートの合鍵は春秋が持っている。初めて合鍵を渡した相手が親友ってのもなんだか虚しい。

「で? 今日は一体何してたんだ」

そう言う春秋から寄越されたスマホは、通知がエグいことになっていて思わず目を逸らした。特に鬼怒田さんからの着信がエグい。めっちゃ怒ってるやつじゃんこれ……。

「えー? 研究室の方の実験データまとめるついでに、今までの結果を元に考察してた」

「一緒にやろうって言ってたやつか?」

「そうそう。お前とディスカッションする前に考えまとめておきたくて」

現実逃避に携帯をクッションの下に敷き、固まった体をほぐすように伸びをする。その拍子にけほりと咳が出て、そういえば水分もまともにとってなかったな、と思い至る。ついでに言えばトイレにも行ってない。体に悪い生活してるなあと他人事のように思う。
そんなおれに気づいてか、春秋は深い溜息を吐いた。持って来てたらしいコンビニの袋から水を取り出して寄越してくれる。汗もかかずに少しぬるいそれは、何も口にしていないおれの胃を気遣ってくれているのだと今は知っている。東春秋とは、気遣いの塊のような男なのだ。

「お前が1人で考え事するとロクなことにならないから、一緒にやろうって決めただろ」

「あー……そういえばそうだった」

うわ、ごめん。迷惑かけるまいと思ってはいるけど、どうにもうまくいかないのが情けない。考え出したら止まらないし、周囲がおれより早く諦めてしまうくらいには、おれの集中癖は本当に厄介だった。
春秋には毎回迷惑かけてるから、今度こそはと、思ってたのになあ。データをまとめていたら、もしかしたら、って思考がいきなり走り出したんだ。おれの考察とデータ内容に違いがないかとか、調べ出したらきりがなくて、気づいたら今。おれのパソコンの前には、きっといつもみたいに散乱したコピー用紙の山と、いじくり倒されたデータが出てくるはずだ。確認作業の中で元データを改竄してしまうなんて惨事は起きてないだろうけど、多分おれしか読み取れないデータを入力した新しいファイルが出来上がっているはず。

「まったくお前は……」

仕方ないな。
そうおれの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、春秋はパソコン前を片付けだした。夢中になる前に散らかしたままだった昼食のコンビニ弁当の残骸や、コピー紙の山と格闘している。春秋はさすが慣れたもので、殴り書きに等しいおれの大量のメモのうち、不要なものだけを捨てていた。書いた本人のおれも、数秒は考えこんでしまうくらい、それらの字は汚いはずなのに。
おれが立ち上がる隙間もなくあっという間に不要物をひとまとめにした春秋が、次はキッチンへと足を向けた。冷蔵庫を開いたのか、「相変わらず何もないな」と二度目の溜息を吐いたあと、かちゃかちゃと料理しだした。簡単なものしか作れない、という春秋の手料理は、なんだか妙に舌に馴染んで、おれは好きだ。

「……って、そうじゃなくて。春秋ごめん、そんなことまでしなくていい」

おれの介護士認定されてるだけでも迷惑かけてるのに。
慌てて立ち上がろうとして立ちくらみ。貧血なのかなんなのか、力が抜けてまたソファに逆戻りした。そんなおれの様子に、慌てて春秋が駆けつけてくれる。ああもう、ほんとうにおれってやつはどうしようもない。

申し訳なさと情けなさと、なんか色んな感情がごっちゃになって泣きそうになる。いや、おれが泣いてどうする。

「なんて顔してるんだ」

「だってお前、なんなんだよ……甘やかすなよ」

「はいはい、今度な」

「返事が適当すぎる……」

ソファの隣に腰かけて、おれの肩を抱いて宥めてくれる春秋は、男前なんだろう。後輩にも慕われまくって引く手あまたで忙しいくせに、こいつはおれの面倒を率先して観てくれる。鬼怒田さんや城戸さんに頼まれなくても、こいつはおれのそばにいて、とてもよくしてくれたんだ。おれは、それに何も返せるものがないっていうのに。
子供をあやすみたいに、ゆらゆら体を揺らしながら肩を撫でてくる。背中に回された腕の重みが安心するなんて、子供かよ。

「冗談じゃなくて、おれ、春秋ママがいなくなったら生きていけなくなる気がするからさあ」

「誰がママだ」

「お前だよ、お前以外に誰がいるんだ」

こんなによくしてくれる人間なんて他にいない。親だってここまで甘やかしてくれなかったぞ。おれ、本気で、春秋に会ってからだめになってる気がする。集中癖だって、ここまでひどくなかった、気がするのに。


「――別に、お前の親になりたくてしてる訳じゃないんだが」


「え?」

「いや」

何かを確かに呟いたのに、訊き返しても春秋は答えてはくれなかった。困ったような笑みを浮かべ、おれの肩を引いて一緒になってソファの背もたれに背中を預ける。

「はるあき……?」

「もっと駄目になればいいのになって言ったんだよ。で、俺なしで生きていけなくなればいいのにって」

「――、は、る」

「頭のいいお前なら、この意味がわかるだろう」

肩を抱く腕の力が強くなる。だけど逃げ出せないほどの強さでもなくて、おれの頭に頬を寄せてそう告げる春秋の声が、少しだけ震えていて、そして。

おれは嫌じゃなくて、むしろ逆に、嬉しいと、思ってしまって、いて。

うまく呼吸ができない。はくはくと口を開閉するおれに、春秋は目を丸くして何度か瞬かせたあと、どうにも嬉しそうに笑った。

「今頃気づいたのか、鈍感」




わたくしごとではございますが、どうにもおれ、コイビトが出来たみたいです。
混乱し、意味も分からずそう告白したおれに、周囲は呆れた様子で溜息を零した。

あらゆることに気づいていなかったのは、お前だけだ、と。
おれも春秋も、どうにもわかりやすすぎたらしく、みんなにバレバレだったことが恥ずかしすぎて何日も引きこもったのは、今となってはいい思い出になった、はずだ。



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