部誌11 | ナノ


傘、パクられました



あの世間知らずのお坊ちゃんがこの一座に来て、数年が経った。
入ってすぐは、生意気だし可愛げもないし、どうしたものかと思っていた彼だった。
しかし年月を重ねる事に可愛がられる方法を覚え、淑やかさも身に付き、元々顔だちも綺麗だった事もあり、一座の中でかなりの売れっ子になっていった。
そして現在、牡丹と名を変え、座長でもあるアタシ、椿の相方として忙しい日々を過ごしていた。

そんなある日、大嫌いな雨だというのに意気揚々と出て行った相方。
今度はずぶ濡れの状態で意気消沈して帰ってきた。

「何だえ、どっから潜り込んだんだい、このドブネズミは」
「ざちょお・・・」
「な、なんだい、本当にどうしたね」
「どうしよ、どうしよお・・・!!」

普段決して泣かない子なのに、ぼろぼろと涙をこぼしながらすがり付いてきた。
寒さのせいか泣いているせいか、ぐっしょりと濡れた彼の体は震えていた。
そういえば今日は傘を持っていたはず、というか傘を差したいがために出かけたのだが。

彼が一座に入り、牡丹と名を変えてしばらく後、一人の軍人様が新しくお客様としてやってきた。
その軍人様、都築様に頂いたと言っていた、彼によく似合う傘だった。

「あの傘どうしたね、まさかお前さん・・・」
「なじっ・・・なじみの店だからっ、だいじょぶだろって、そしたらっ・・・」
「馬鹿だね!馴染みだなんだってそんな物、この花街じゃ意味が無いよ!お前さんここに何年いるんだい!」
「だって、どうしよ、きょう都築様あれでお迎えするつもりだったのにっ・・・!」

尚も泣きじゃくる牡丹をどうにか落ち着かせ、傘が無くなった店や質屋などなど、花街中を探したが、結局傘が見つかることはなかった。
その日の夜、花街に明かりが灯り、次々とお客様がやってくる。
見世物一座にもぽつりぽつりとお客様が現れた。

そして、約束の時間にやってきた都築様を二人で出迎える。
彼の姿を見て再び泣き始めてしまった牡丹。

「牡丹、どうした、ほらおいで」
「都築様、実は」
「椿、お前までそんな神妙な顔して、何があった、話してごらん」

都築様を案内し、今回の経緯をすべて正直に話した。
話している間、ずっと都築様は牡丹を慰めて下さっていた。

「牡丹が、本当に申し訳ない事を」

お客様によっては、もう二度と来なくなってしまうであろう程の事件だ。
座長として、牡丹の相方、椿として頭を下げる。
その様子を尚も牡丹を抱えた都築様はしっかりと見つめていた。

「詫びとして、何かあるのかな?」

普段の都築様とは違う、低い声色。
穏やかな性格だと思っていたが、彼もやはり軍人、気位が高いのだろう。

「都築様の望むままに」
「じゃあ、牡丹の命でも、いいのかな?」

その一言に牡丹がびくりと震える。
そんな牡丹を、都築様はぎゅう、と力を込め引き寄せる。

「都築様、それだけは」
「望むままに、と言ったろう、私は牡丹の命が欲しいんだ」
「ですが、それは、対価としてはあまりにも」

そこまで言った所で、アタシは顔を上げ、都築様を見た。
低い声色とは裏腹に、いたずらっ子のような、少し悪い顔をした都築様がいた。

「・・・都築、様?」
「あ、椿少し顔を上げるのが早いな、私はすぐに顔に出るんだ、お前、気付いたろう」
「都築様、では先程の話は」
「傘を失くしたなんて事は些細な事だ、気に入っていたのならまた買えばいい、だが、命が欲しいというのは本当だよ、意味が、違うけれどね」

牡丹を強く引き寄せていた手を緩め、今度は牡丹を愛おしそうに撫でる都築様。
二人の会話を聞き、意味を察した牡丹。
自らを撫でる都築様の手に、自分の手をそっと重ねていた。

「牡丹、怖い思いをさせたね、それから、すぐにでもお前を引き取ってやりたいんだけれど、恥ずかしながら今まで出世などに興味が無くてね、金もあまり持っていないんだ」
「でも、これは傘のお詫びで・・・」
「私達はそれで良くてもね、おそらく花街の決まりが許してくれないだろう」

この花街にはたくさんの店があり、どの店にも共通の決まりがある。
身元を引き受ける場合の決まりもきちんとある。
それを守らなければ、都築様の信用も、この一座の信用も無くなってしまう。

「・・・都築様、ここで、今までと同じ仕事をしながら、待っていてもいいですか?」
「牡丹、何も今までと同じ仕事をしなくても良いだろう」
「でも、それがお金を一番稼げる方法なんです、俺、外に出て都築様に迷惑かけたくないから、お願いします!」

牡丹が、いつになく真剣に、都築様に懇願していた。
一座の中では淑やかに、優しくある牡丹だが、根っこにはちゃんと自分を持っている。
この世の誰よりも愛おしい牡丹にこうもお願いされては、都築様も断るわけにはいかないだろう。

「ま、牡丹は男だからねぇ、ややこは出来ねぇわな、他の誰かに抱かれるのは癪でしょうが」
「それが一番嫌で可哀想だから言っているんだが・・・仕方がない、牡丹の望みだ、出来るだけ早く迎えに来れるよう努力するよ」
「おや、これは大変だねぇ、ご無理はしなさんな、旦那様」
「椿、からかわないでおくれ、照れてしまう」

それから、一座に都築様が来られる回数は少し減ってしまった。
けれどたまに来られた時の、二人の様子ときたら。
とても長い間生きているアタシですら、やめとくれと頬を赤らめてしまう程だった。



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